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僕と内田真礼と2016年


内田真礼さん27歳の誕生日おめでとうございます。

 

  年の終わりを感じながら、幸せな思い出の詰まった年を想いながら、12月27日は来る。

27歳の誕生日の今日も想うのは26歳の内田真礼さんのことだった。

 

でも今日までにしよう。

僕が26歳の内田真礼さんと過ごしてきた2016年の感情をここにそっと封をしよう。

 

明日からは27歳の内田真礼さんに向き合う為に。

 

 

2016年は旅立ちの1年だった。

2014年に内田真礼さんに出会い、

2015年に地に足を着けて、

2016年にはようやく見えてきた道を走り出した。そんな年だった。

 

本当に幸せがいっぱいの1年だった。

一体何から話せばいいだろうか。

 

思えば2016年初めて目にした真礼さんが今年一番の大事件だったかもしれない。

僕の好きな声優は、髪をバッサリ切りボブヘアになっていた。

僕の好きな声優は、ボブヘアになっていたのだ。

内田真礼からボブまあやになったのだ

からっぽカプセルのリリースイベントで、内田真礼さんが「ロングヘアかショートヘアどっちが好き?」みたいなアンケートを会場にとるコーナーがあった。

ロングヘアの真礼さんを前にして踏絵をするかのようなこの質問に対して僕はショートヘアを選び天高く手を突き上げた。

そんな伏線が回収されたのを感じた瞬間だった

ではなく。

 

敢えて言うと内田真礼さんは僕の理想の女性像とは全くかけ離れていた。

内田真礼さんの姿を目にする機会はおそらく2012年あたりからあった。しかし特別気になるような存在ではなかったし特別可愛いとさえ感じていなかった。

真礼さんを初めて生で見て、真礼さんの声を聴いてそこで感じるものがあり今に至っていた。つまり僕の内田真礼さんへの気持ちの源泉としてビジュアルのウェイトは大きなものではなかったように思う。

しかし2016年初めて僕の瞳に映った内田真礼さんは紛れもなく僕の理想の女性だった。

オーバーな表現だったな。人並みな表現で言うと、世界で一番可愛かった。僕の世界で。

ボブヘアがめちゃくちゃ似合っているし本来あるべき姿をようやく目にしたという気がした。

雷に打たれたような衝撃をおそらくあの武道館の中で1人受けていた。

そして、次にはこれは僕のための存在なんだと思い始めた。

なら僕はボブまあやの一番になろう、ならなければいけない。誰よりもボブまあやを好きで、誰よりもボブまあやを目に焼き付ける人になろう。そういう想いが湧いてきた。

この日のステージは最高で、2016年は「Hello,1st contact!」から始まった。

 

そして蓋を開けてみれば2016年は「Hello,future contact!」で終わるのだから全く出来すぎている話だ。

 

 

 

 

 

内田真礼1stライブの前に一つ消化しておかなければ先に進めない話題がある。

おそらく自分の内田真礼さんのファンとしての姿勢について1番考えて、そして答えの方向性を見つけたのがこのときだった。

きっかけはラジオの発言だった。

文脈や話している雰囲気を取り除いてワードを抽出すると毒気の強い文章になるが、「PENKIは過去」という発言が一部で物議を醸していた。

これは根が深い話でもあるので丁寧に整理していきたいのだがまず僕はこの発言には何ら不快感や不安を感じることはなかった。

この時期の内田真礼さんの傾向として自らを断捨離声優として古きを捨て新しきをどんどん追い求めていく姿勢があったのは確かで、その文脈にこの発言を組み合わせた結果見えてくるものとして内田真礼さんの視界には現在ひいては未来しかない、過去が軽視されている、ということになる。

 

僕は2014年に内田真礼さんのファンになった。忘れもしないこの年に行ったバースデーイベントは幸せに満ちたものであり、同時にファンとして自分の立っている場所があまりに低いことを思い知らされた。

声優というものに初めて触れて、凡そ全てのことが新鮮で右も左も分からないような状態に焦燥感を覚えた。

足りなすぎる。何もかもが。

遅すぎた。悔しかった。

彼女と僕の間にあった「過去」という埋めようがない空白が。

音源を全て手に入れよう。

彼女の演技を全てこの目に収めよう。

過去の彼女を少しでも感じたいから雑誌や文献を集めよう。

ラジオを聴こう。

まだ足りなかった。

 

そこで僕は内田真礼さんを応援し続けてきた人達から何か学べないかと考えた。

もし過去の真礼さんが生きているとしたらきっとそれは本人よりもそのときの真礼さんを応援してきたファンの中だと思ったからだ。

それからずっと彼らから学ぶ毎日だった。声優を応援することに関して本当に学べることだらけだったし、自分の価値観と衝突するようなことも多く、思考を巡らせて消化不良を起こしかけたりしながらも新しい視野が開けることもあった。

そしていつも最後に思うことは年月の重みだ。当たり前だが惰性なんかで出来るものではないのだ。ひたすらに肺を焼きながら走り続けているのは時に恐怖さえ感じるほどだった。

リストにはいつの間にか沢山の真摯に考える人たちがいた。その全員に敬意を感じていた。

 

そんな折だった。件の発言は。

僕の学びの場には口を揃えて大きく怒りや憤りの感情の火が撒き散らされていた。

戸惑いもあった、周りのマジョリティが自分と正反対の意見を言っているからではないことは言うまでもない。“彼ら”が言うからだ。

何度も反芻した。僕の積み上げた文脈ではまだ読解に足りないものがあるのか模索した。

だが結局それ以前の小さなところで僕の一線を超えることになった。理性でなく感情だ。

僕の好きな声優を魔女狩りのようによってたかって虐げる様子を見るに耐えなかったし、何より僕の信じる「「内田真礼を信じる」真摯なファン」を自ら裏切る光景が本当に地獄だった。

僕が大きく感情を動かされたのが声優によってではなくオタクによって、というのも声優オタク失敗だな、と思う

盲目的だと言われようと全肯定だと言われようと構わない、俺だけは内田真礼の味方でいる

そう強く決意した。

蓋を開けてみれば歪んだ愛情表現だったりするし結果的なアプローチで言うと僕は足元にも及ばないことになるのだが。

それでもあの空気感だけは偽りなくおかしなものだったと僕は思う。

 

 余談が過ぎてしまった。

 

 そして最高の一日は来た。

内田真礼ファーストライブ「Hello,1st contact!」

内田真礼1stLIVE 「Hello,1st contact!」 - Happyをsearchしてる

一年近くたった今もあの日の幸せの熱が残っている。奇跡のような1日で、あの空間を過ごせたことが、内田真礼さんと同じ幸福を共有出来たことを一生誇っていける。この日のために僕の人生はあった。

 

少なからずこの1日の影響があり、今年は「声優に会いに遠征をする」という一線を超えた初めての年になった。
「声優に行くために同じ円盤を複数枚買う」一線を超えたときと同じ人の道を踏み落とす感覚があった。まあ逆に言うと一般常識的な感覚によって今までその発想がなく、またはそれはおかしいと感じていた訳だからそんな枷は早めに外しておくに限るなと今となっては思う。
何が良かったってMaaya Partyが良かった。遠征して何百kmも移動してきた場所で会う好きな声優との距離感が近いのが良かった。
遠いところまで来たのに我が家に帰ってきたような感覚で、“遠征”なんて大仰な名前は違うな、
これに相応しい名前をつけるとしたら“帰省”だと思った。
生まれてからずっと関東で生きてきた僕に初めて故郷が出来た瞬間だった。

 

 

2016年は声優としての活動は全盛期に比べるとやや落ち着いていたが僕にとっては声優内田真礼としてのキャリアを振り返るような1年でもあった。

ノラガミガッチャマンクラウズごちうさアイドルマスターシンデレラガールズのイベントがあり、他にも中二病再集結やあいまいみーさんかれあGJ部の歌唱まであった。

過去と現在、点と点が線で結ばれる奇跡には、真礼さんが歩んできた軌跡が見えた。

それは作品文脈、キャラクター文脈が現在に現界している光景であり、見て感じる世界がその文脈に呑まれる体験だった。

言ってみればこれこそ声優イベント、アニメイベントの醍醐味なのかもしれない。

きっとその軌跡に寄り添ってきた時間だけそこに見える景色がより明瞭になる。その軌跡に刻まれた感情が、その景色を彩るのだろう。

 

 

イベントありきみたいに話をしてしまい過ぎた。良くない。

今年の真礼さんの良かったことについて。

ミリオンアーサーradioが良かった。アイムの後輩鈴木ありさちゃんを前に見せる姿が本当にたまらなく好き。優しさに溢れていてそれでいて後輩にも突っ込まれるようなマイペースな部分もあって、永遠に聴いていられる空気感が出来ている。

甲鉄城のカバネリでは千本木ちゃんと。

千本木彩花さんとはカバネリの舞台挨拶と「内田真礼が絶賛!」みたいなタイトルのインタビュー記事に始まり、甲鉄城の宴やつい先日の舞台挨拶でも随分距離を縮めて仲良くなっているのが見て取れた。後は、まんがタイムきららフェスタ終演後におざなりの2人と一緒にタクシーで話したエピソードも良かった。

本当に何気ないことなんだけど、同じ事務所の後輩というハードルで言えば低いものではあっても、シャッターを開き前に進む姿を見ていて胸が熱くなった。

そもそも、少なくとも今の内田真礼ははっきり言って人に好かれるタイプの人間だということを、僕は知っている。

弟の内田雄馬が同業の声優に愛されているエピソードやスタッフにも好かれている様子を聴いていてもこの慕われる根本は内田真礼と一緒で、素直で優しいところに起因していると僕は感じている。

だからこそ、あとは自分次第なのだ。彼女が自分で作った壁さえ壊せれば外には温かい世界がきっと広がっている。

そして何よりも真礼さん自身がそれを望んでいる。ずっと、人と仲良くなりたい、その為に頑張って話しかけられるようになりたい、果てはパリピになる!と迷走している始末だ(微笑ましい。)

人付き合いになるとここまで不器用になるかってほどで、こういう姿を見ているとき内田真礼さんは1人のか弱い女の子なんだと感じる。

ラジオでふて腐りながら「やっぱりダメだ〜私には無理だ〜」や仲良い声優にすら話しかけようとしたけど話しかけられなかった、、、と落ち込んでいるのを聴くと本当に悲しい気持ちになるし胸が痛くなる。

彼女が一歩進み出すために僕が出来ることはあまりに少なく、その背中を押す力が至らないことが苦しい。

だから、彼女が前に進み始めたこの2016年は大きな意味のある年になった。

真礼さんが中二病ラインを動かして中二病会をしたり、野球を通して色んな人達と仲良くなれたりすること、ラジオで嬉しそうにその話をするのを聴けるのが僕には何より嬉しかった。

 

僕は野球にはカケラも興味がなかったし真礼さんが野球について楽しく話すことに、見て感じるものが違うことを感じてしまい、キツいと感じてしまうことがある。それでも、真礼さんが野球を通じて松嵜麗さんを始めとして色んな人達と仲良くなっているのを見て、本当に野球には全霊の感謝を覚えたし僕も少し野球が好きになれた。

友達が増えたという、彼女の夢に前進出来たことに幸せを感じ、この先の未来への期待が膨らむそんな2016年だった。

 

詰まるところ、僕は真礼さんの笑顔が好きなんだ。
真礼さんには、笑っていて欲しい。それが僕の唯一の望みであり僕の意見だ。

真礼さんの笑顔を少しでも増やすことが出来るなら僕も少しは自分に価値を与えられる。

これが僕の答えだ。初めて会った日から変わらないしこれからも変わることのない僕の芯だ。

僕のHappyをSearchしつづける旅は、即ち内田真礼さんのHappyをSearchすることに他ならなかった。

 

2017年も真礼さんの笑顔を追い求めて、SmilingのSpiralに包まれた年になれるといいな。

いや、絶対にそうなるんだ。

 

 

絵空事

音楽は人の人生を記録する作用みたいなものがあると感じることがある。青春時代のヒットソングは聴けばその時代に帰ることが出来る。好きな人が好きだった曲を聴くと、その人やその人への感情が蘇る。

脳みその眠っている記憶を呼び出すきっかけに音楽がなり得るというだけのつまらない話かもしれない。

でも、僕が今日した経験はこんな戯言を言わせしめるものだった。

今日はANIMAX MUSIX2016に参加した。

まず何が楽しかったか、自分の人生に寄り添ってきた曲が数年の時を経てライブとして立体的な体験になったことが良かった。

金色のガッシュベル』は小学校の頃揃えた唯一の漫画だったしアニメの主題歌「カサブタ」は言うまでもなく僕の親しみのある最古のアニソンと言っても殆ど過言じゃない。

ギルティクラウン』は高校生の時、僕の愛するsupercellがキャラクターデザインと歌を担当するということで初めて深夜にテレビを付けてアニメを見るというところまで引き込んだ僕とアニメの関係性において切っても切り離せない作品だ。

両者ともに思い入れがかなりある曲で、それでも、もう過去となったものだった。それが突然『今』として現れたんだ。沸騰するような感覚とともに最高になった。

 

そして、

状態としては最高潮の状態でスクリーンに流されたのは、「さんかれあ」だった。

 

一瞬で「さんかれあ」だ。と思った。内田真礼さんだ。と感じた。

ここで正常な思考が出来たならそこで生まれる迷いはOP?ED?どっちだ?とかだっただろう

でも次の瞬間には僕はアニメーションの中に入り込んだような感覚に陥っていた。

ここはどこだ?となった。れあちゃんが喋っている。内田真礼さんの声で。僕の知らない内田真礼さん。

本物の内田真礼さんがステージの上に椅子に座って歌い始めた。僕は手に持っているものを全て捨てて、感覚は目と耳だけに集中した。

ずっと真礼さんの表情を見ていた。真礼さんの目を見ていた。真礼さんに見えているもの、真礼さんが感じて、表現しているものを消化するでもなくただ目と耳で受け止めていた。

 

僕はさんかれあ文脈の内田真礼さんを知らない。アニメを見ていさえしていても、2012年の真礼さんについてあまりに知らない。出会っていないから。

だから、「さんかれあ」はアニメとしては十全に生きていても「さんかれあ」文脈の真礼さんは僕の中で死んでいる(ここではさんかれあが今の内田真礼さんに繋がっているから今も生き続けているとかそういう議論をするような設定ではなく)「さんかれあ」に限らず、僕が真礼さんと出会う前の全ての作品文脈においても同じことなんだけど。

とにかく、さんかれあには記憶や思い出はなかった。でも、今日感じたんだ。真礼さんの記憶や思い出を。その目と表情には過去が見えて、その歌には今を感じた。今日の経験を無理矢理言葉にするときっとこういうことになる。

内田真礼さんが「さんかれあ」と過ごした時間、感情を、その断片を味わった気になった。

そして、アニメ「さんかれあ」に今も魂が込められている2012年の内田真礼さんと今アニマックスのステージに立っている内田真礼さんが線で繋がった、そういったドラマを確かに見た。

 

僕の思い出が、マイナスから0になって、そしてプラスになったそんな1日だった。

という絵空事。

 

オタクに幸せな妄想をさせてくれるANIMAX MUSIX2016、本当にありがとう。

また1人、内田真礼さんを好きになったよ。

 

甲鉄城のカバネリスペシャルイベント「甲鉄城の宴」

甲鉄城のカバネリスペシャルイベント「甲鉄城の宴」が良かった。

イベント直後の語彙のない状態だけど何を感じられたのか文字に起こしたい。

昼の部夜の部の2部制だったのだが、夜の部が特に良かったと感じたので主に夜の部について書こうと思う。

オープニング

始めにマックスウェル氏の軽快な前説があり、

EGOISTによるOP歌唱

 かなり特殊な曲だけどオープニングとして映像と一緒くたに毎週刷り込まれてるわけで聴くとすぐカバネリの世界に入れる。イベントのオープニングとしても最高の導入だと思う。

また、僕が初めてテレビをつけてアニメを見始めたきっかけとなるのがsupercellというアーティストでありそこから「ギルティクラウン」を見たという設定があって、そのときは勿論アニメに対して、ただ見るだけの1面的(別に全然制限された体験というわけではない)な経験しかしてなかったのでそこで生まれたEGOISTにここで再び出会えたこと、もっというなら荒木監督や大河内さんのアニメというのが相当大きいんだけど、ある種運命的なような、伏線を回収するような感情があった。やっぱり初めてのものはかなり強い影響を残しているというかそこから今の道に繋がってきているんじゃないかと思ったりもする。

脱線した。

アニメオタクじゃなく声優のオタクとして文章を書きます。

 

まず最初の登場がかっこよかった。幕が降りて後からライトガンガンに当てた状態で全員ポージングして登場。この演出は今のまで見てきた作品イベントの中でも屈指の鳥肌演出だった。

各々一言ずつ挨拶。ここで良かったのはカバネリツアーズの2人組の挨拶。

「このー木何の木?」「千本木ーーーーー!」

これ言えたのめちゃくちゃテンション上がらない?いや上がるでしょ。やっぱ千本木ちゃんだな。

まあ如何せん次が真礼さんで「このノリで私!?」と困惑してたけど案の定乗っからず、やや照れながら菖蒲してた

 

最初のコーナーは「甲鉄城のタズネリ」

キャストからの作品に沿った質問にキャストや監督が答えるというもの。

真礼さんの質問「打ち上げで貰ったお米の使い道に困っています、何か一緒に食べるいいおかずはありますか?」まあうん。でも千本木ちゃんと一緒にお米当てたってのがなんか良かったよね。

あと「畠中の扱い方がわかりません、教えて下さい」今思えばどっちもここら辺は千本木ちゃんとの絡みで良さがあったな。この時の畠中、両手に花で弄られてて最高に羨ましかった、でも最後まで通して改めて考えてみるとホントいいいじられキャラとして周りの良さ引き出してて畠中良かった、

そんな畠中は役者としてのひたむきさは折り紙つきで間のメッセージや各所からも何度もベタ褒めされていた。実際生駒には何度も胸を熱くさせられたし畠中は凄いと思う。愛されてるんだなあと。

もう一つの質問「甲鉄城にも終点はあると思うのですがどこに向かうのですか?」

かなり核心をついた質問だしよく採用されたなと感じた、結局最後の状態としてはふわっとているのは事実なので勿論誰しも気になるところではあるけど2期の構想を聞くようなストレートな質問。対する監督の答えは、「まだ僕達は生駒達と同じところにたっていて模索してる最中」だと。でも無名は人間に戻して米を食わさないといけないし、まだまだやることは盛り沢山ということなので全然2期の希望はある感触。ここから先は売上次第ってところですね。

他のキャストからの特筆すべき質問として、好きな場面として、「七夕で来栖が何と書いたのか気になる。」、好きな男性キャラクターについては、「菖蒲は恋とかそういう年頃じゃないけど、私は来栖が好き」と、このイベントでは生駒無名よりダントツで菖蒲来栖カップリングが持ち上げられていたし、実際観客の反応も上々だったのでなるほど需要があるんだなあとなった。その照れ笑いを僕は何も考えずに受け取った。

 

次に貴様、人かカバネかゲーム

所謂人狼

声優人狼、初めての経験で良かった。人間性がかなり出るゲームで、キャスト皆の個性が存分に発揮されていた。観客も誰が人狼かわからない状態でやるのだがまんまと伊瀬さんには騙された。というかゲームとしては大体伊瀬さんと増田氏のツーマンプレイになってた。口が回る回る。

伊瀬さんは高まったときの反応が金朋っぽいんだけど声と容姿が可愛いとこうまで違うのか、、となった。あと二の腕が素晴らしかった。

真礼さんはかなりわかりやすくてバレバレなのは笑顔になった。責める側だと凄い楽しそうなのに責められると途端に弱いまややんだった。

何やっても信じて貰えない畠中と器用そうだけど不器用な千本木ちゃんも良かった。

 

そして朗読劇。

朗読劇というか半分舞台になってて生駒や来栖、吉備土、無名が殺陣もどきなことやってて、斬新〜って言った。

菖蒲様とのコール&レスポンスで「六根清浄!」は盛り上がった。

 朗読劇としては、カバネリを演じる熱さというものを生で体感したという感想で、ついさっきまでのトークコーナーとはガラッと変わって、菖蒲様含めて逞しい演技になっていた。生駒や他の演技を見て聞いてても感じるけどやっぱりこれだけの熱量で演じられたらお互い高めあって生まれる空気感臨場感がある、そういった体験をした。

僕は芝居について詳しい訳では無いけど、甲鉄城のカバネリは真礼さんにどんな影響を与えたのか少し素人目線で考えてみたい。

今回のイベントで感じたことの一つに、真礼さんが先輩をやってる、ということ。畠中と千本木ちゃんに対して、イベント中にちょこちょこ声を掛けたりしていたことくらいから勝手に感じてるだけなんだけど、真礼さんが主体的に(かつ無理をせずに)行動を起こしているというのが、もしかしたらこれから先だんだん増えていくのかななどと思った。勿論カバネリの現場の空気感が特別良かったというのはあるけど。

今回真礼さんが演じた菖蒲は甲鉄城の城主という立場で、甲鉄城を背負って立つということで、それは甲鉄城のメンバーを引っ張っていく責任感を持った役だった。主人公2人に次いで言ってみれば3人目の主人公のような立場でもあった。シリアスな作品で、こんな大役で責任のある役を演じるのは大変なことだろうし、またそれは与えられるばかりでなく与える立場の役者性を求められていたのではないだろうか。まだまだ全然声優では若手の部類だけど、イベントも含めてだんだん背中で語るように、とまではいかなくても真礼さんが少しでも自分の目指す方向に前進していることを感じられるようになりたいと思う。現状それを感じ取れているかは難しいところだけどとりあえず菖蒲様というキャラクターは僕の好きなキャラクターの1人になった。

 

最後の挨拶。

キャスト全員がこの作品に対する愛を熱く語っていた。特に印象に残っているのが、僕の愛するこの作品が皆さんにも愛されることが本当に嬉しいということ。

真礼さんの挨拶。

「今日という1日を、このイベントを一言で表すと、本当に、“幸せ”。この作品に携わることが出来て本当に良かった。またこの幸せを更新出来たら嬉しい。」

気持ちが昂って、言葉が上手く口に出ないことがあった。2、3度繰り返して、周りに助けられて、ようやく言葉が出るような具合。

頭の中がいっぱいになって、感情が前のめりになって、舌が回らない。そういうところだと“僕は”感じた。

今更ここで言い訳みたいな、免罪符のようなことを言い始めるのもみっともないのだが、僕は、勿論神様じゃなければ他人の気持ちを完全に理解出来るような存在ではないし僕の言ってることがそれが正しいか正しくないかとかそういう議論をする気はない。つまり何を言いたいかというと、僕が、自分が感じたことが全てで、それが一番大事だということだ。どんなドラマだってそれは演者を見る人の中にあるもので、或いはそれは世間一般において説得力を持つ場合もあるかもしれない、けど結局のころ根底にあるのはそうだと信じられる(ともすれば騙せる)自分なんだってこと。

今回において何が言いたいのかっていうとそれは真礼さんが幸せだということ、今日が幸せだったということだ。

比べるのはとても無粋だがこのイベントでは彼女は笑う場面が多かった。

苦笑いする場面、

畠中がその変態性を見せてるのを見てるときの表情、千本木ちゃんとお揃いで同じ表情をしていたのが良かった。同じといっても千本木ちゃんは普通にただ嫌そうな顔をするけど真礼さんはどこかに笑いの要素があって、優しさが滲んでいるのを凄く感じてそういうところが好き

照れ笑いする場面、

増田がひっきりなしに重たい菖蒲様への愛を表現してるとき、しつこい程に繰り返していたこれも、ずっと満更ではない表情でいた。ここに関して、僕の中の割り切れない感情もあったけどそんな醜いところはどうでもよくて、

「、、、、、でも内田は来栖が好き。」は良かった。あれは本当の好きだったと思うから。

そんな来栖も、今日で僕はなんやかんや好きになってた。

あと真礼さんが「愛が重たい」っていうのなかなかおまいう、というところが

 

Sっ気を発揮する場面、

菖蒲様が来栖を尻に敷いたり畠中をイジったり、中々いつもは見られないような側面を見れた。こういうときの真礼さんは声のトーンが1つ上がって小芝居風になる。まあ言ってみればわざとらしくなる。そこは茶目っ気があって言うも更なり。

失敗したとき、ドジッたとき

今回はいわゆる人狼ゲームをしたんだけどそんな頭脳ゲームに挑んだ真礼さん、言うまでもなくボロが出まくり、周りのキャストにバレバレの状態だった。そこを突っ込まれたときの照れながらごまかしたりするときの隙しかないような表情、控えめにいって好きしかない。

あとはドジッたときのとっさにでるあざとい仕草、これは本当には万物を粉砕する破壊力がある。本当に自然に出てくるもんだから天賦の才だと思う。

勢いで笑顔をカテゴライズするような無意味な真似をいたけど結局、楽しい、幸せだ、そういった感情が溢れてくる笑顔が、僕が真礼さんの一番好きなところで、詰まるところイベントには半ばこの笑顔に会いに行っている。 

このイベントは、そんな笑顔でいっぱいだった。

最後の挨拶での笑顔には、勿論この作品の一区切りという寂しさや切なさ、他にも色んな感情が込もっていたけど何より幸せが詰まってた。

この1年365日で、いや一生で、真礼さんとこれほどまでの絶対量の幸福を共有出来ることが何度あるだろう。

勿論僕自身このイベントが楽しくて幸せだったけど、真礼さんから溢れてくる幸福を貰って、また一緒にこの瞬間のこの空間に生まれた幸福を共有出来て、思い出を更新できたことが嬉しい。嬉しいの最上級。幸せを表す語彙力が足りないな。良かった。

ありがとう甲鉄城のカバネリ

 

 

 

 

内田真礼1stLIVE 「Hello,1st contact!」

 
 
今日は内田真礼さんの1stライブに行きました。
PENKIが発売されてから約3ヶ月、あるいは内田真礼さんのファンになってからずっとこの瞬間を楽しみにしていました。まずはこの楽しみって気持ちから振り返りたいと思います。
 
まず1点目、『好きな声優の初めてのワンマンライブである』ということ、ここに関しては僕は声優さんの初めてのワンマンライブって経験が初めてなので、それが一般的にはどういう意味合いを持つのかよくわかりません。初めは他のライブと比べて真礼さんを観れる時間が長い、アド!くらいの感覚で、それがラジオやインタビューで真礼さんの言葉を摂取していくと、なるほど、そういうことか、ワンマンライブっていうのは内田真礼さんが作るライブってことなのかってようやく気づいて、沢山の武器を持った真礼さんがどんな世界を広げてくれるのか、そんなところに凄く期待の気持ちが湧いてきました。
 
二つ目。『PENKIというアルバム』
これは言うまでもないですね。PENKIというアルバムがどれだけ凄いか、聴いた人なら誰でもわかると思います。まあ端的に言って強いアルバムなんですよ。流れが凄くブチ上がるところとか(最初の開幕1st contact→ギミレボ)、過去編、未来編(現在編)と別れていて今までの真礼さんから今の真礼さんまで時系列を追うように聴けたり、凄くエモいゾーンであるところの初作詞の「わたしのステージ」→始まりの曲であるところの「高鳴りのソルフェージュ」や1st contactに始まり締めはfuture contact、他にも色々と仕掛けがされていて、聴くたびに発見がある、そんなアルバム。
で、アルバムリリイベで曲は聴けたやん?て。
そう、曲自体は聴きましたよ、でもそれはPENKIじゃあない。まあ再三言うとこのアルバムの大きな魅力の一つがセトリの妙なんですよ。真礼さんもシャッフルとかそれぞれ聴くよりまずセトリ順に聴いてくれって何度も言ってます。僕もその言いつけを守ってセトリ順に100回くらい聞いたらシャッフル再生が出来なくなりました。まあとにかくこのアルバムを通しで1st contactからfuture contactまで聴いて初めてPENKIなんですよ。そう、““PENKI””をね、肌で感じたいんだよ、そういう本能がこのアルバムを聴けば聴くほど高まりのソルフェージュってワケよ。
 
3つ目。とりあえず3つくらい書こうと思ったから書くくらいで特に大したことじゃないです。真礼さんが楽しみだって何度も言うからです。真礼さんが楽しみだって言うならそんなん真礼オタク僕はその100億倍くらい自動で楽しみになりますよ。僕は楽しんでる真礼さんの笑顔が1番好きなんだから。
 
 
長く文章を書くとどんどんカッコつけたくなるの悪い癖ですね。。
 
 
 

「Hello,1st contact!」

席は3列目の上手でした。リリイベ除くとこんないい席は生まれて始めてでした。ポニーキャニオンに圧倒的感謝?
本人確認で空席を見ることも楽しみにしてたんですが叶わず。まあそんなことはどうでも良くて、まずはフェイスペインティング。開場中にペインティングスタッフに希望すればフェイスペインティングを施してもらえるとのことで真っ先にしてもらいました。ライブ始まってもいないのになんか一緒に真礼ワールドを作る1員になっているみたいで、参加しているという実感が得られてなんでもないことですが高まりました。ペンキを会場に塗りたくるのを泣く泣く断念した(誇張表現)真礼さんの提案だと考えたらなんだか微笑ましいですよね。笑顔がいっぱい? 
数分後にはそのスタッフ達はスタッフじゃなかったし作業服脱いでセクシーな格好でバリバリダンス踊ってたのを見て呆然としたのは僕だけじゃないはず。
 
真礼さんのライブ、セトリはこんな感じでした
《セットリスト》
M-1 Hello,1st contact!
M-2 ギミー!レボリューション
M-3 からっぽカプセル
M-4 クラフト スイート ハート
M-5 Distorted World
M-6 North Child
M-8 Winter has come
M-9 わたしのステージ
M-10 高鳴りのソルフェージュ
M-11 世界が形失くしても
M-12 金色の勇気
M-13 Hello, future contact!
 
EN-1 アイマイ☆シェイキーハート
EN-2 Resonant Heart
EN-3 Life is like a sunny day
EN-4 Hello,future contact!
 
本編は大方の予想通り大方の望み通りPENKIまんまでした。
初めにイントロとして黒須バンドによる前奏、からの垂れ幕が落ちたと思ったらなんとそこにはジャングルジム!?ジャングルジムの上にでっかいリボンつけた真礼さん!角度ヤバいけど僕は見ないよ!
とか冗談はともかくなんか初っ端からうるっと来てしまいました。なんか最高が始まった、目の前で。Hello,1st contact!は僕はなんかPENKIの総集編みたいなものだと感じていて、またfuture contactを意識させられて、なんか色々一気にフラッシュバックして突然感極まってしまった。本当に本当に、この瞬間を待ってたんだよ。
 
お待ちどうさま!とギミー!レボリューション
もうこうなりゃここまでの楽しみを全部ぶつけてやるしかないよね。もう完全に記憶ないです。完全に爆発していました。しょうがない。
 
からっぽカプセル
確かここで真礼さんはボールバズーカ撃ってました。この曲のライブっていうと、初解禁が去年のバレンタインのアニソンclubiで、小さいキャパで初めて一緒にコール&レスポンスをしたのを思い出します。あの空間で生まれたコールがそのまま今日まで続いているんだ、って
そういえば、あのとき「皆さんの、激しく、高まるコールが力になって、私は歌が本当に楽しく歌えます!」って言ってたんですよ。
そんなことにも思いを馳せながら思いきりポイポーイ!してました。
 
クラフト スイート ハート

なんかめちゃくちゃ可愛い衣装でした、コンセプトは昭和のアイドルて感じかな?あとちょっと踊ってました。

(σ`・ω・´)σこんな感じで
この曲は個性の強いPENKIの中ではあまり目立った曲ではなかったけどなんか凄く可愛い真礼さんが見れてこの曲のイメージはガラリと変わりましたね。PENKIの可愛い担当。
曲終わったら、この曲で初めてダンスにも挑戦したんですよ〜って自慢気だった真礼さん、めちゃくちゃ可愛いかったです。
ここで、さっきのペインティングガールズのダンスコーナー。セクシーでした。
 
Distorted World
衣装着替え時間終わり、次に真礼さん出てきたのは1回中列、まあ如何せん3列目からは全然見えない、、ってなってたけど普通に横の通路通ってステージ戻りました。横通路通ってたときのオタクかなり険しかったってのとシュシュ付けて腕振るより普通に白振った方が正解だったってくらいしか記憶にないのが残念。衣装は黒ドレスで、なんとなく創傷を彷彿とさせました。
 
North Child、
ここはこのライブでの注目ポイントでもありましたね。というのも真礼さんがリリイベからずっとこの曲にはかなり苦戦した思い出や、今も歌えないってことを度々言っていて、ファーストライブでも聴けないかも、、とまで言っていたからです。リハではいけるようになってきたって報告もあった通り、フタを開けてみればカッコよく歌い上げていました。
ゲッァウェーーーーーーーーーー!!!
 
さて、North childが終わり、ジャングルジムの檻みたいな部分に入り骸骨マイクを手に取ったのを見た瞬間もう完全にこれ創傷イノセンスPVやんけ、、、ってなってブチ上がりました。ブチ上がり過ぎて気がつけばキンブレ前の人に投げつけてました、その節は本当にすみません知らないオタクの方。あと余談ですが創傷イノセンスのセリフでフゥ〜派が割と多くて Hey! しないのはちょっとびっくりしましたね。多分世界でウルトラソウルの次に気持ちいいHey! なんだけどなあ。
 
そして天使のような衣装に着替えてWinter has come、雪が降る演出と相まってすっごく神々しい感じでした。
今更ですがこう色んな衣装を着た真礼さんを見れるってのも今までなかったことで、これもワンマンの醍醐味ですね。とってもポップで可愛いこの曲は真礼さんと一緒にウィン!ター!ハズ!カム!ってコールをするのがとっても楽しい。本当に楽しそうに真礼さんも歌ってて、幸せな空間でした。この曲が終わりにさしかかるに連れて「内田真礼」の名前が沢山詰まったこの冬も終わってしまうんだな、ってちょっとだけしんみりしてしまった。
ここでMC、「あっという間に8曲歌ったんですねえ〜」いや、ホントだよ、気がついたらもう半分過ぎてる、、、って、あと5曲とか絶対考えないようにしてた。
ここで真礼バンドによるキャラソンイントロメドレー。これはまた凄い豪華な時間でしたね、生バンドDaydream cafeにはちょっと笑った。
 

わたしのステージ

内田真礼初の作詞の曲。ペンライトを置いて全身全霊肌で感じました。
この曲について真礼さんがどんな思いを込めたのか、どういう自分を表現したかったのか、100%汲み取れているわけじゃないですが、『勇気だして 心ひらいて ヘッドフォンを 外す私   君の声が聴こえているから もっと強くなれる』
『後悔ばかりの日々はもう飽きた
   幾重にも重なる大きな声
   「好きだよ」と
    だから、今日も歌える
    このステージで』
この部分に真礼さんの想いが詰まっているように感じています。内田真礼さんがあまり器用な人間ではなく、すぐ自分の殻に閉じこもってしまう人間で、それでもヘッドフォンをつけて、シャッターを閉じてばかりいたらダメだ、と勇気を出して1歩踏み出そうという強い決意、君の声(ファンの応援)があるから元気がもらえる、殻の中の家でもない、殻を破った外に作り出した自分の居場所はここ(ステージ)であると、今、このステージで歌って、みんなと笑いあうこの瞬間「今」を生きてる、そんな想いが込められている気がします。
結局、ここなんですよね。内田真礼という人間を好きになってしまうのは。それが演技だとか真偽とかそんなことはどうでもいいんですよ。彼女は僕達を必要としてくれてる、ファンに価値を与えてくれるんですよ。
 「life is like a sunny day」は作詞とまではいかないまでも彼女が伝えたいメッセージをこだまさおりさんが翻訳した曲ですが、ここで伝えたいメッセージは「大切な存在に ありがとう 伝えるために」ファンは彼女にとって大切な存在とされてる。言葉にしてみればそんな変わったことじゃないように思えますが、彼女は本当に、精神的にファンの存在に頼ってるように思える。1人の女の子が寄りかかってきてる、体重を預けてきてる、そういう風に錯覚するんですよね。
馬鹿馬鹿しい話ですよね、僕はわりかしファンなんてのはただの消費者で、ビジネスという関係性のみに於いて繋がっているだけ、そう割り切ってやってるつもりなんですが、それでも僕でも力になれる、彼女を支えることが出来るってそう信じさせられてしまうから彼女は僕にとって趣味や娯楽の対象なんて枠を超えた存在になってしまった一因なんだと思います。つまり内田真礼さんが好きなんですよ。
この曲はリリースイベントで1つ真礼さんにやって欲しいと言われたコール&レスポンスがあって、最後の大サビで真礼さんの「好きだよ」
に被せるようにして「好きだよ」と言って欲しいっていうのがある。『幾重にも重なる大きな声「好きだよ」と。』今回のステージでは幾重にも重なるような「好きだよ」は実現しませんでしたが、僕は思いの丈を精一杯込めて「好きだよ」と応えました。
 
わたしのステージの余韻冷めぬまま高鳴りのソルフェージュ、これが最高。内田真礼さんの始まりのミュージック。わたしのステージでヘッドフォンを外して、ステージに立ち、始まりのミュージックを奏でる。もう僕の語彙では表現し得ないくらいエモーショナルなんですよ。この曲は始まったときの高揚感がビシビシと伝わってくる曲で、聴く度に違う歌になる。初めは、アーティストの“始まり”そして今は、ファーストライブという“始まり”、それぞれの始まりの気持ちが込もって、見える景色が違う。ファーストライブでの高鳴りのソルフェージュでは、真礼さんの小さな身体から高揚感が溢れてくるようにかなり気合いが入っているのが感じ取れて、こっちも胸が熱くなりました。ここから見える景色、しっかりと心に焼き付けました。
 
世界が形失くしても
一度退場し暗転。モニターに世界が形失くしてもの歌詞が映し出される。作曲したsamfree氏への追悼の意も込められてきるのではないかと思わせる演出だった。
さわやかな衣装にチェンジして登場した真礼さん。髪をショートにしているのもあり、個人的にこの時の衣装が1番似合っているように感じました。世界が形失くしてもは内田真礼曲随一のロック曲で、イントロからめちゃくちゃに高まる。ステップを踏んだり、ヘドバンしたり、エモいゾーンから打って変わって盛り上がるモードに入る。この曲もリリイベで決めたコールがあり、いわゆるfuwafuwa、警報をサビで入れられるとつられてしまって歌いにくいとのことで、こんなんどうでしょうと、サビ終わりにオーーッハイ!とジャンプするというもの。まあそもそもガチロック曲なのにfuwafuwa入れるの意味がわからないすぎるしね、と思っていたところに真礼さんの提案だったので万々歳という感じだった。
しかし残念ながら彼女の意思がしっかり伝わっていなかったようで、至る所でfuwafuwaを入れるオタク、この時ばかりは穏やかじゃなかった。
でもこの曲は本当にライブで楽しい。それと厨二ゾーンの曲とは違い、背伸びしない状態でカッコいいように感じる。この時の真礼さんが1番カッコよくて、普段では見れないこういう真礼さんを見れることが凄い良かった。
 
金色の勇気
いつも疲れたときにお世話になっている曲。元気が出ます。しっとりと落ち着いた雰囲気に会場が包まれた。気持ちが落ち着くと、終わりがもう近いことを意識させられてしまう。
 
Hello,future contact!
真礼さんが指揮者のように手を振りだす。オルゴール?のような曲の始まり部分で僕はなぜか回想してしまう。本当に短いこのイントロに楽かった思い出がつらつらと蘇り、感傷に浸るような気分になる。
はあ、、とうとう来てしまった終わりの瞬間。
なんて気持ちも一瞬で吹き飛ぶほどのキラキラ感。この曲には筆舌に尽くしがたい力がある。もうどんな気分でもどんなときでも幸せになってしまうのだ。ライブがもう少しで終わる?そんなことを考えてる暇はない、今、この瞬間の幸せを全身で噛み締めたい。ペンライトを自分色にして、幸せを探しに行こう。「Happy search!」
 
キラキラの沢山詰まった時間はあっという間だった。ステージから真礼さんは退場し、会場は暗転した。
これで「PENKI」楽曲は全て終わった。ライブ前に自分が望んでいたものは全て達成された。
もう望むべくところは何もなかったはずだ。
それでも気が付けば席に着くことはなかった。ただひたすらに、声の限り「アンコール」を叫んでいた。こんなに幸せな時間に終わって欲しくない、そんな悪あがきでしかない。普段はみんなアンコールを言っていれば自分が言う意味特にないだろ、とか思っている自分が、みんなではなく、自分のこの声が届いて欲しいと、声が枯れるまで、いや声が枯れても叫び続けていた。
 

アンコール

想いが届いたか否か、再びステージの上に立った真礼さん。ペンキのジャケ写の作業服のような衣装。
始まった曲はアイマイ☆シェイキーハート、1年以上生で聴けなかった曲に、楽しく手を振った。
ここでMC、「アイマイ☆では前からかわいい振りを入れたいと思っていて、入れてみました!皆さん一緒に手振ってくれて嬉しかったです!」またしてもちょっとした振りで自慢気な真礼さん。可愛い。
続いて春アニメタイアップの新曲を一部初披露した。この曲も今までにない感じで、この曲はどんな新しい真礼さんを見せてくれるんだろうとフルで聴くのが楽しみになった。
 
そして、真礼さんは言った。
「なんだか今日より幸せな日は来ないんじゃないか、今日が人生最高の日かもしれない。。終わりたくない、、!」
この感じだ。
僕が初めて内田真礼さんに会ったときもそうだった。彼女はいつも、僕が言いたいこと、伝えたいことを読んだように口に出す。楽しいのは僕の方だし、貴方のおかげで頑張れる、力が貰えるってのも僕の方だ、好きなのも僕の方だし、何より感謝したいのは僕の方だ。彼女と出会って色んな楽しさ、幸せ、色んな感情を貰った。
全部、全部、貴方のおかげなんだ、貴方に僕は何もしてあげられないけれど、僕は本当に感謝しているんだ、なのに、彼女が僕の思ってることを言うんだ、全く本当におかしな話なんだ、それでも、彼女と同じ気持ちでいられることがたまらなく幸せで、感情が倍、いやそれ以上に膨らんでしまう。
胸がいっぱいだった。
 
感極まって次の曲が歌えないという真礼さんに黒須さんから粋な提案で真礼さんがいつかやりたいと言っていたギミーのキーボードソロ振りをやった。しんみりした空気は、カッコいいギターソロ、キーボードソロであっためられた。
満を持して歌った次の曲は「life is like a sunny day」『大切な存在にありがとう 伝えるために』素敵な歌声が体中に染み込んでいった。
 
最後はこの曲!と流れ出したのはHello,future contact!。
 
 
 
 
ここでもう完全に限界だった。
完全に幸せのキャパシティをオーバーフローしていた。
『ハイテンションは継続中  夢の道始まったばかり』
感情が止めどなく溢れ出して、嗚咽がもれた。
この2、3ヶ月数え切れないほど聴いて、PENKIの終わりという印象が体に染み付いたこの曲は、一体どうして、こんなに切なくて、寂しい気持ちも丸ごと楽しもうよ!と一緒に持って行ってしまう。
 
Happy search!
『笑顔をちょっと 』
 Happy search!
『幸せをちょっと
ねえ今みんなで探しにいこうよ』
 
幸せを探す旅は、幸せの詰まった旅は、ここで終わってしまうんだろうか、ひたすらに彼女の笑顔に笑顔を向けながら、幸せを噛みしめながら叫んだ。
 
『メロディは終盤戦  時計の針を止めたくなる』
 
真礼さんは今日、涙を流さないように頑張っていたのは見て明らかだった。それでも、堪えきれずに涙を流していた。
もう終わってしまう。楽しいのに、切なくて、どうしようもなかった。
 
『みんなと』
 笑顔がいっぱい!
『私で』
幸せがいっぱい!
『ねえ今思い出を更新したよね』
だから
『また会いたいな 』
だから
『絶対に会いたい!』
真礼さんと僕と、2人で紡ぐ歌詞が、直接心に入ってくる。この歌は終わりの歌であり、でもまた同時に始まりの歌でもある。明日や未来といったfutureに続いた歌なんだ。
『さあ、未来を待ちぶせしちゃうよ、覚悟しといて、ね!』
涙を流しながら、それでも笑顔がたえることはなかった。中野サンプラザに幸せをいっぱい詰めて、最後の曲が終わった。
真礼さんは17曲歌い上げた。凄いことなんだ。彼女の努力が、成功したことがまた嬉しくて、惜しみない拍手を送った。
最後まで笑顔だった真礼さん。ステージを去るとき見せた寂しそうな顔、僕はもう「ありがとう」しか言えなかった。ただひたすらに、彼女の背中が見えなくなるまで感謝し続けた。
 
あっという間の2時間で、きっと人生で1番幸せな2時間だった。色んな挫折があって、挫けそうになったこと、苦悩や葛藤があったと思う。この2時間は、きっとアーティスト内田真礼として歩んできた2年間が詰まっていた。彼女の想いが沢山詰まった2時間だったから、こんなにも僕の感情もいっぱいになって、幸せがいっぱいに、笑顔がいっぱいになれた。大切な宝物だ。
最後に、スクリーンに「ありがとう!思い出を更新したね」と真礼さんの言葉が写し出された。同じ時間は二度と来ない。でもだからこそ、思い出に価値が生まれて、大切なものになるんだろう。
僕は、これからも真礼さんと一緒に最高だと感じさせてくれる「今」を生きたい。
これはまだ“1st”contactだ。ここからまた始まる真礼さんとの物語を更新していきたい。