Happyをsearchしてる

ボキャブラリィがない

僕と内田真礼の2017年

2017年の記録

 

 オタクの人生に起承転結があるのだとしたら、きっとここが結だったんだろうなと思う。

そんな年だった。そう思っていた。

 

1月

2017年が始まったときの感情を覚えている。

内田真礼さんのファンをやっていると2017年が来るという事は27歳の内田真礼に向き合うことであるとも言える。

年の始まりに、彼女は自分の年齢への想いや葛藤、一般的な女性としての幸せについて言及する場面があった。正直しんどかった。

この時の僕は現実で追い込みを掛けている時期だったのが精神面に隙を作っていたというのは確かにあると思うので掘り下げる必要すらないかもしれない。

だが、そこには声優とかそんなことは度外視で、27歳の女性という状態の現実的な重みを初めて理解させられた、そんな衝撃が確かにあった。

肝心なところは何も見えていなかった。

何が悪かったって偶然コンテンツが尽く重なったのが最悪だった。「妄想カノジョ」という彼女の距離感のフォトコラムや三菱地所のCM、リア充はじめました(仮)とそういう距離感を露骨に意識させるコンテンツへの出演が相次いだ。

この時の僕は好きな声優への距離感をかなり遠く高くに設定していて、殆ど崇拝に近い状態で捉えていた。それだけに、女性として現実の人間性を持って自分と近い距離感を楽しむことを目的としたコンテンツにも、自分をそこにトレースすることが出来ないでいた。今の自分にその距離感足り得る自信も無ければ甘えも無かった。

 

そしてもう一つ。

イベントが無かった。実に2ヶ月近く。

 この2ヶ月間ひたすら飢えを感じながら書いていた文章の記録があったのでそこから生の感情を引用する。

『2016年は凡そ最高の1年だったように思う。
自分の目指すところ自分のやりたいものそして好きな声優の向かう方向が見えているといった基本的でありながら重要なコンディションを整えて、万全の体制で迎えられた2017年だった。
思えばここで力みすぎてしまったのかもしれない。

2017年初めて真礼さんに会えたバトルガールフェス大神樹祭はそれはもうバトガというコンテンツを愛する身として隅々まで満足して満たされる素晴らしいイベントだった。席にも拘ったおかげで真礼さんの笑顔を至近距離で浴びることも出来たし、ホーム感すら出ている環境で仲の良い声優と絡んだり野球ネタで真礼さんが生き生きと良い表情をしているのを沢山見れて、最高の2017年始まったな!!となったし夏に始まるバトガアニメから始まる最高の夏まで見えた。

それからだ。
先に言った力み過ぎた、というのはつまり前のめりになり声優に体重をかけているバランスになっているということで、正直好きな声優に依存している部分が出ていた。
まあ控えめに言って良くない。
それは声優に〝求め過ぎてしまっている〟状態だとも言えるからだ。

声優に会えないのはまだ良い。声優なんて気軽に会えない方がいいし、そもそもファンと会うのが声優業じゃなかったはずだ。
その“声優業”ですら内田真礼に会えることは殆どなくなっていた。今期出演しているのはあいまいみーとチェンクロで、毎週声が聞こえるのはあいまいみーの5分にも満たない時間だけだった。あいまいみーは大好きな作品だが今期において内田真礼の息遣い、そして魂を感じ取るのは困難だった。
クラウチングスタートを決めていきいそんで走り始めて1メートルで転んだような。
ずっと溺れていたような感覚でいた。
そこにさらに藁にもすがる思いですがった藁(Web媒体)がこれまたしょうもないのが本当に最悪だった。』

 

そして残された彼女を感じられる居場所。

そう、ラジオだ。

 

2017年の目標があった。

毎週メールを送った。

ラジオのゲスト回にも必ず送った。

 

メールが採用されることは1度も無かった。

 

文章を書くのが何よりもコンプレックスな僕にとってメールを書くのはいつも苦痛で、そしてそんな気持ちで書くメールが採用されるはずが無いのだ。

 

ここまで書いたが決してネガティブな感情が大きい訳ではなかった。

むしろ、「Drive-in Theater」のリリースを経て、このアルバムから見える景色に対する期待の気持ちが支配的だった。

この空白の直後の僕がこう言っている

まあ何というか

全部卒論が悪いというオチにしておきたい。

ただ、あの時その瞬間では何がなんでも包み隠していたこの感情。

それを無視して2017年は終われないのだ。

 

 

 

 

そうこうしている間に代々木第1体育館でのライブは2days公演になっていた。

そもそも代々木第一体育館でライブをするということの意味が全然分からなくて。

その必然性が。物語性が。文脈が。

 

真実を探るべく我々はジャングルの奥地に向かった。

「SmilingSpiral 」2週間前。

なるべくステージから遠い席でゆいかおり代々木第一体育館ライブを見に行った。

 

アーティストに対して本当に失礼で無粋な真似だがずっとステージに内田真礼を見ていた。

この空間に内田真礼が立ち、歌う光景を描いた。

だが、どうしても“足りなかった”。

 

この日のゆいかおりのパフォーマンスは抜群だった。

 

 

 

 

僕の中に見えていた2016年の内田真礼には成し得なかったことを2017年の内田真礼なら成し得ると、そう信じようという気持ちになった。

そもそも、僕が彼女を信じないで誰が信じると言うのだ。2ヶ月ブランクが空いた程度で会場なんかに余所見をしていた僕が本当に情けないと思った。

この機会を成就させるのは決して彼女だけじゃないのだ。僕と真礼さんで成功させるんだ。

迷いは、不安は2週間前に置いてきた。

 

 そして迎えた内田真礼2ndライブ「Smiling Spiral」

 彼女はやりきった。

代々木第一体育館内田真礼色に染め上げた。

最後のSmilingSpiralは身体中の血が湧き上がるようで、その空間には他にも負けない熱量があった。身体中の全て何もかも搾り取られるようなエネルギーの詰まったライブだった。楽しいという側面で言うならあれを超えるライブに立ち合ったことは無い。

バンドを、ダンサーを、スタッフを、チームを率いて舞台の中心にしっかり両足をつけて立つ彼女にはどこまでも行ける可能性が見えた。

とんでもない人だな、と思った。

 



 夢

2017年という年は遠い未来に描いていた夢が叶った年でもあった。

1度も文章として言及したことは無かったが、内田真礼のファンである自分と、声優ファンである自分は似て非なるものだ。

そして、僕にとっての声優ファンとしての原点は『佐倉と内田のガンガンGAちゃんねる』にあった。職業声優じゃないじゃないか!と怒鳴られる発言かもしれない。

なんなら今でもアニメを中の人がキャラクターを演じているという見方をすることに抵抗があるし苦手なので声優業のファンの適性は無いのかもしれない。

だが、僕が声優という存在に惹かれる原点となったのはここで間違いないと胸を張って言える。

この番組の良さを説くのはまたの機会として、僕は内田真礼佐倉綾音の関係性が何より好きだった。根底に理解と信頼がある上で生まれるラブアンドピース。

 内田真礼という人間のファンとしての価値観とは全く別のものとして、声優への価値観、声優への姿勢は殆どこの番組によって形成されている。察しの良い人ならある程度感づくかもしれないが、詰まるところそういった属性を有しているのだ。

パーソナリティが増えてもこの番組に対する感情は決して薄れることなく、新しい扉を開いていくばかりだった。それ程までに何よりもこの番組への愛情、信頼、信仰心があった。

 

そして4月の更新日。

*1

 

いつもの如く更新される瞬間を見逃さずにまず初めに1回再生した。

 

佐倉と内田のガンガンGAちゃんねる(2017年4月20日配信/シリーズ第37回) - YouTube

 

心臓が止まった。

 まず初めに手が震え出した。そのうち全身がブルブル震えて止められなくなった。

 

 メールを送った記憶はあった。それは純粋に僕がこの番組を愛してやまないからで、伝えたい想いがあったからだ。採用なんてまるで度外視のメッセージ性だけのメール。ハナから採用される訳がないと意識から飛んですらいた。

それは、この出来事は露骨に義務感で苦しみながらメールを送り続けて苦しみながらラジオを聴いていた無間地獄とあまりに対照的で、

この瞬間に一気に憑き物が取れたように、肩の荷が降りたように、色々な想いが一気に押し寄せてきた。

一言で言い表すなら、

報われた。

そう、報われたんだ。この人生が。

この人生の全てが報われた。

自分のめちゃくちゃでボキャブラリの無い文章を佐倉さんが読む声を死ぬほど繰り返し再生した。

酷い文章なのに完璧に意図を汲み取る2人を見て本当に胸がいっぱいになった。

好きな声優に鼻で笑われるという実績もおまけで解除されたりもした。

 

本当に高いところに置いてたんだ。

夢で、夢のまた夢で。本当に嬉しかった。

 

その数日後、ニコニコ超会議にシークレットゲストで声優が出るという情報を入手した。

3人組のシルエットだけ出ていて内田真礼のアーティスト写真に近いものがあった。首を少し傾げている姿のが一致していた。

たったそれだけ。それだけの根拠だったがタイミングがここだ。この大事件の直後だった。

気づけば週末の予定を蹴って地獄に向かっていた。

 結果として、演者には内田真礼佐倉綾音内田彩が登壇した。どうやらこのアイマリンプロジェクトというコンテンツではアイマリン役は元々内田彩さんに決まっていて、2人の新キャラのキャストが今回初公開という事だった。

その関係で、早朝からブースに集まっていた数少ないオタク達は内田彩のオタクが殆どを占めていた。

イベントでは簡単にキャラクター紹介とアニメ紹介程度の内容だった。

撮れ高は3人って共演作ってあります?あいまいみーとかありますよね?に対して顔を見合わせて「いや知らないですね、、、」と返答していたところと共演作に佐倉綾音の口からビビッドレッド・オペレーションの名前が出て湧く内田彩オタクと僕くらいのものだった。

 

話はそこで終わらない。何故かこのプロジェクトのコーナーが終わった後も謎のコーナーがあると言われその場で待つとそれは始まった。

『あやねるとまあやちゃんに超聞いてみた〜!!』

 

 

 

・ ・ ・は?

 

 

そんな事があるのか????

目の前で、全く文脈無視で内田・佐倉のガンガンgaちゃんねるが始まった。

1年前行われたガンガンga公式イベントですら映像出演で。実現は叶わないとすら思っていたイベントが突然叶った。

コンテンツの文脈にも縛られない純粋な2人のトークを生で聞けて、いやこの空気感を生で感じることが出来て僥倖だった。至上の喜びだ。

ラブアンドピースなんだ。世界は愛に包まれた。

 

 おまけ

佐倉と内田のガンガンGAちゃんねるのテーマソングが出た。これも去年の夏頃にメールを出していた内容で、夢が叶った。僕の葬式ではこれを流して欲しい。

ポップコーンはぷにんぐ!

ポップコーンはぷにんぐ!

 

 

そして、それから半年後

2017年度を以て、この二人はパーソナリティを卒業することになった。

積もる想いが山ほどある。

でも、落ち着いた後その報を聴いて改めてこうも思ったんだ。

この番組への気持ちを伝えられて良かった。

 

 

本当に、報われすぎていて。

 一生分の幸せを味わうことになる春だった。



 

代々木第一体育館のステージ上に観たあの人をその後は打って変わってブース最前の致死の間合いで見続けることになる季節で、意図せずレスを貰ったりして距離感が壊れかけた。

 

 そして実績解除がもう1つ。

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 好きな声優のサイン入り懸賞に当たる実績が解除された。

サイン入りフォトフレーム。

2017年

 

 

2017年なんだ。

 

 

 

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 僕にとって2017年の夏は+INTERSECT+に始まり+INTERSECT+に終わる夏だと言える。

 

会える機会は無い中、ゲストで+INTERSECT+の宣伝をしに行くラジオにのんびりメールを送ったり内金を入れ続けたりしながら夏が来るのを待っていた。

Maaya Partyが開催されないことによる空白も、ここではかなり前向きに捉えられていたと思う。

 

その空白での出来事として言及しなければいけない話を1つ

THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 5thLIVE TOUR Serendipity Parade!!! 大阪公演

正直に言うと今年唯一の疑問点がここだったと思う。自分がアイマスのライブに行く意味、必然性を見出せないまま大阪城にいた。

手紙を書こうとして、自分の気持ちを偽って伝えかねないことに気づいて手を止めた。

 

二日間公演を見終わって、気づけば胸を打たれている自分がいた。

 

登場した真礼さんはギミーの頃を思い出すツインテールでめちゃくちゃ可愛かった。

パフォーマンスとしても確実に歌唱力とか発声力上がってて、グループ曲でも相対的にかなり目立ってたのを感じた。

楽しい曲も多くて、予想以上にとても盛り上がった。

だが、そこじゃなかった。

 

アイマスの舞台で、内田真礼が人の輪の中にいたのを見た。

彼女の元に人が集まっている光景を見た。

そこで輝く彼女の笑顔が網膜を通して、グサッと脳髄にササッた。

大阪城に持ってきていた後ろ向きな感情がすーっと溶けていった。

敢えて言うと、アイマスの舞台で彼女の笑顔を僕は記憶していない。

間のMCでも、ライブでも。むしろ“アイマス声優”の涙ながらに話すアイマスへの熱量を感じて、自分の熱量との乖離に感じてしまう居心地の悪さが大きかった。

この日は違った。

彼女は笑顔だった。ステージで本物の笑顔を浮かべていた。

 

種明かしをすると、ここでリーダーを務めていた松嵜さんと佳村さんとの距離を縮めたことが何より大きかったと思う。野球がまた彼女の笑顔を増やすきっかけになっていた。きっかけさえあれば、その扉さえ開けば後は温かい世界が待っているのだ。その扉の鍵は内側にだけかかっている。

わかっていた。その1歩さえ踏み出せればこの人はどこまでも走っていけると。

何より終わった後の一緒に撮った写真の多さが、その笑顔が全てを物語っていた。

 

大阪公演②|松嵜麗オフィシャルブログ「にじいろにっき」Powered by Ameba

 

 イベントや天使。|アメちゃんどうぞ!

 決して見逃せないこの歩みを、彼女の大きな成功に出会えて本当に良かった。大切な思い出になった。

 

 あと、ここで聴いた『キミのそばでずっと』の歌詞がずっと耳に残っていた。

キミのそばでずっと - THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS for BEST5! - 歌詞 : 歌ネット

心の奥に引っかかったまま、大阪を後にした。

 

 

 

 

 そして、

7月1日

 内田真礼の初めて辿り着いたゴールの瞬間。

howlowhello.hatenablog.com

 

 これこそ彼女の初めて導き出した答えだった。

模索し続けて、彼女は自分の足で辿り着いたんだ。内田真礼だから出来ること、内田真礼がしたいこと、そして内田真礼がステージに立つ意味を。アイデンティティの確立が目に見えた。

はっきり言って、1stライブ、2ndライブ、その他諸々とは全く訳が違った。

内田真礼のライブ”が始まった瞬間に立ち会ったのだ。

今では全てがあの日を演出していたとすら思う。直前まで降っていた酷い雨が止み、ライブが始まる瞬間には日差しが差していた。

日比谷野音に持ってきた感情は、距離は、この日のために降る雨だったのだと思う。

要らないもの背負ってたもの何もかもを捨てて、目の前で歌う彼女と一緒に愛を叫んだ。

雨上がりの夜空に

 

 

 

 

 夏の終わりにニコニコ生放送で2ndライブのコメンタリー上映会があった。幸せな思い出をもう1度共有する時間。その番組の最後で告知があった。

お渡し会の開催が、決定した。

笑顔だった顔から表情が消え、血の気が一気に引いて倒れそうになったのを覚えている。

 

 

  野球

 野球がアツい年だった。






野球のファンのなり方がわからない僕にとって好きな声優が好きなチームが僕の好きなチームというファンのなり方しか出来ない。

だがそんなにわかファンとしてやっても充分に楽しい年だった。まあ勝つチームのファンは楽しいって話なんだけど。ホークスのファンクラブに入りホークスの雑誌を買いホークスの聖地巡礼をしたりもした。

 

 大きな声では言いたくないが内田真礼ユニフォームも買った。

初めはもう形から入るというか体裁ぐらいの感じを作りつつラジオで楽しそうに野球話を早口でまくし立てるのをミットに入れることだけを考えていた。

本格的に自分の心が動き出したのはリーグ優勝を果たしたところあたりからだったと思う。めっちゃ面白いやんとなった。

この熱量の冷めないまま、ラジオのDVD発売記念イベントでは「まあや監督による野球講座」という唐突なハチャメチャなコーナーでも優勝の喜びを共有できた。死ぬほど早口で楽しそうに話す彼女を声だけ聴き続けてきたが、いざ対面した時生き生きと話すその姿を心から肯定出来る心境になれていたということ自体嬉しかった。

野球の話は止まらない。

 

舞台は日本シリーズへと上がり、季節は寒くなる中よりアツくなる野球を感じた2017年の秋。

毎週ラジオで喜怒哀楽しつつ、一緒にツイッターで実況しながらこの季節を一緒に楽しんでいた。

1番印象的だったのが学祭イベント。

土曜の大阪での学祭と日曜の東京での学祭の間でホークスの優勝が決まった。

大阪ではグダグダなイベント内容と進行の中、怒涛の追い上げを見せていた対戦相手である横浜ファンであるMC(マネージャー)に煽られて本気で堪えて凹んでいる真礼さんの姿。

口角が空まで飛んでいくほど上がったツヤツヤの笑顔で登場した東京の学祭での姿。

本当に僕の野球の思い出の傍らにはいつも真礼さんの笑顔があった。全く何度熱男熱男言わせられるんだと思っていたのも今では満更でもない。これは、僕の踏み出した1歩。僕も踏み出さなければいけないんだ。好きな声優への気持ちはもう箱入り娘のように可愛がる段階は遠に過ぎた。これからも彼女の観る広い世界に、僕も臆することなく飛び込んで一緒に笑っていきたいと思う。

 

 

 新しい居場所が出来た話。



まあ初見の印象は最悪もいい所だった。
ここに来て突然訳の分からない所が「内田真礼至上最も密なファンコミュニケーション」を謳ったり「内田真礼独り占め企画」があるなどとここまで露骨に地雷を踏んでくることあるか?となった。正直全く見えていなかった。全然盲目だった。近づいてはいけないという意識がこの真意を遠ざけていたのだと思う。
2017年の大きな流れの中で考えると難しく考えるまでもなくこの意味は明らかなんだけど。
とにかく始まった月1回の生放送番組「with you smile」。
最も密なファンコミュニケーションね、、ふーんそう(笑)とふんぞり返りながら視聴態度で番組をつけた。
3秒で正座になった。
第1に画質が良い。画が良かった。好きな声優しか画面には映らない。好きな声優を高画質で定期的に観れるというだけでめちゃくちゃありがたい機会だということをまずわからされた。
そして、空気が良かった。
密なファンコミュニケーションと近いニュアンスのラジオはある。毎週リアタイで聴いている。それ以上に楽だった。引っかかる部分がないのだ。ファン1人のファン然としたメールに拘束されている時間を耐えるラジオより全く苦痛が無かった。内田真礼を独り占めするというのも選ばれた数人がコメントを拾われる程度で大きな影響を持たない。真に彼女のペースで話が進んでいく。これこそ本当に“らく〜な番組”だった。
コーナーは大きく分けて4つ
自分のアルバムから写真を出しながらする近況トークのコーナー
アニメイトタイムズなどの実際の記者とリスナーのインタビューに答えるコーナー
内田真礼が気になっていることをリスナーに聴いてコメントの反応を読むコーナー
内田真礼がファンを笑顔にするべく色んなことにチャレンジするコーナー
がある。全編通して死ぬほどゆるい。
彼女が正義で、何をやらないといけないといった規定ではなくその場の雰囲気のままに大体時間が流れていく。自撮りをしたりスイーツを食べるだけで流れていく時間の良さったらない。
分け隔てなく双方向に矢印が向いていることが実感出来るのも良かった。
正直どうしてもラジオだとファンの文脈は放送作家というフィルターを1枚経て届くニュアンスがあると思う。勿論それは番組を成立させる為に必要な工程だし、保険にもなる。
ただ、その1枚を隔てないでダイレクトにキャッチボールが出来るというのが何より大きいところだと思う。
ここの部分に関しては最も密とまでは言えなくともファンコミュニケーションを感じられる番組になっている。ファンしか聴かないという環境はもちろんラジオも同じだが、明確に形としてファンだけ、会員だけ聴いているという環境も彼女の特性にベストマッチしていて、最大限に功を奏していた。僕の最も好きな“maaya partyでの内田真礼”に近いものが実現しているのだ。
自分のアルバムから写真を出すコーナーで実家の写真を出す場面があった。実家の写真を出すのは初めてで、これはもっとみんなに自分のことを発信していきたいということの1つだと言っていた。

回を経て、気づけばここに温もりを感じていた。内田真礼と会話の出来るこの距離感に、彼女の作ったこのこたつが今はとても愛おしく思う。最も密なファンコミュニケーションを目指していたのは、内田真礼だった。 

 

 

 

そして迎えた人生初の好きな声優との接近。

 

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 後日譚が1つ。

感想メールを送った。感謝とよろしくの気持ち。そして、どうしても聞きたかったことを、彼女が望んで実現したこのお渡し会。ここに見た景色を問いた。

「そうですね、本当にリリイベ東名阪と。楽しかったあ。11月はさ、ホント、あの名古屋もね、久しぶりだったんだけど名古屋に行く機会だけどすっごい寒い日だったんだけどさあ。めちゃくちゃあたたまりました。大阪も金曜日でね、会社帰りとか若かったら学校帰りとかで。の人とかもいたと思うんだけど。
すっごいみんなね。笑顔で、見てくれて
わたしと接してくれて。それがすごく嬉しかった。
あの〜、中にはさ、お渡し会で初めて会って、あ、本物だ!本物の内田真礼だ!ってなってる人とかいて、
私から、こっち側から見てる身とすればそうだよ、本物だよ!いるよ!
内田真礼本当にいるんだよ!って思いながら心の声が漏れてることにツッコミながらお渡し会を1人ずつさせて頂いたんですけど。
いやあ、楽しかった。

 

何を感じたのか。
、、、うん。
どんな方がいるかってのはさ、手紙とか、あとはライブとか、だとやっぱり顔を見てお話しする感じにはさ、ならないじゃないですか。ライブなんかだとホントに通り過ぎちゃって一瞬だったりとかもするし。なんかそういう距離感ではないもの。お手紙読んでてもどんな姿をしているのかっていうのはさ、なかなかこうやっぱ、わからないんだけど
そういう、あの、こんな雰囲気の人が、
あっ!私をおうえんしてくれてるんだ!っていうのに気づけるっていうか。
例えば、女性だったり男性だったり、あと老若男女色んな方だったり、
結構ね、私より全然歳上だったりした場合はこんなおじさんですいませんとか言いながらお渡しをしてる方もいたんですけど40代だから30代だから10代だから20代だからとかで、全然そんな何も区分けなんかは無いので。
どんな方でも応援してくれたら嬉しいなあって思うんですけど。
その辺がさ、触れ合って。
ああ、そういう感じなのねってあう。
どんな方でも。その辺がさ。
仲間感というか。このアーティスト活動においては仲間感が重要なポイントかなあと思ってるので。
その辺がちょっと築けたんじゃないかなと思って。
みんなとの絆を築いていった気がして。嬉しかったです。
いやあ、、本当ね今年の1年のその抱負というか、
色んな人と仲良くなる、色んな人と会って、色んな人と交流を深めたいという気持ちがね、大分今回のお渡し会で達成出来たなというふうに思っておりますよ。」

 僕がお渡し会で観たもう1つの景色と繋がった。そして改めて理解したことがある。

 

12月24日

『Maaya Xmas Party!!2017 &Maaya Happy Birthday Party!!2017』

もう話は終わった。僕の中ではエピローグというか後は楽な気持ちで参加しようと思っていた。強いて言うなら去年の心残りを浄化させることが最後にやり残したことだというくらいで。今年も彼女の誕生日を祝えるイベントがあること、クリスマスに一緒にいられる幸せをただ噛み締めようという気持ちで参加した。

 

雪が降りWinter has comeから始まるこの感じには去年と同じエンターテインメント性の濃いイベントになるのだろうなと予感させられた。

実際構成は同じでトークパートからライブパートだった。

ただこのトークパートが良かった。

プロデューサーの冨田さんにバンマス黒須さん舞台監督槙さんに振付師かなみ先生スタッフによるマヤトークのコーナー。

言葉だけじゃない、全てから内田真礼のことをリスペクトしていて、そして好きであることが伝わってきた。内田真礼は凄いぞと。まさに先のお渡し会の件で確信に至った真髄に触れていた。おそらく初めてだったと思う。気がつけば僕は真礼さんから目を外して彼らのことを見て聴いていた。褒めちぎられて照れる真礼さんは言うまでもなく可愛くてそれだけで笑顔になっていたのだけど、真礼さんを中心に広がるこの輪の温かみを生で感じて心が温まった。

夜の部ではこのメンバーにマネージャーが追加されてその場でバースデーソングを作るコーナーに発展した。黒須さんが作曲してきた曲に冨田さんが詞をつけて、かなみ先生が振り付けをつけて、みんなでアイデアを出して詞を調整しながら槙さんとマネージャーは楽器を演奏して真礼さんが歌う。バックダンサーにちゃんこさんと冨田さん。

なんてことないコーナー。

それなのに何故だか、涙が出ていた。

はっきり言って自分でもわからない。

曲が出来上がる様子が、この空気感の全てが温かくて、まるでホームパーティーをしているようで緩やかに幸せで満たされていた。

白状すると、僕はここで期待していたのは内田真礼1人のステージだった。内田真礼以外は何もかもがどうでも良かった。大きなステージでも小さなステージでもセットが豪華でもそんな事は全てどうだっていい。内田真礼の半径1メートルの空間しか僕の視界には存在しないから。嘘をついた。大きなステージだから、距離が遠いから、事の核心はそんな事じゃなかった。彼女の眼はステージを観ていたから。自分の努力、出来上がった真礼バンドの関係値、スタッフとの関係値、真礼チームの関係値、全てが欠かせなかったと思う。全てが切磋琢磨して、チームとして全てが上手くいって出来上がった夢のステージだった。結論から言って彼女の成功体験はそれ自体、いやそれ以上に経験値として、自分の自信に繋がる足場として大きな糧になった。それはこの先走り続けてきた彼女の原動力でもあり、この2017年の軌跡からもありありと伺える。

ただ、あの瞬間、心のどこかにこのチームへの後ろめたい気持ちが生まれていたのは否定出来ない。

僕が初めて立ち会ったライブ。僕の全てがあった内田真礼1stライブ。彼女は1人だったと2017年になって繰り返し言っている。緊張しっぱなしでどこを見ていいのかもわからない。ただがむしゃらに。彼女の全てを出し切った瞬間だった。でもそこにはまっすぐ大きな矢印が見えていた。エイムを合わせずに打ち続ける彼女の大砲をひたすらに受け取り続けた。あの場所には真に僕と内田真礼しかいなかった。純粋だから、必然ではない偶然が重なって生まれる奇跡が見えた。ゼロがイチになる奇跡を見たんだ。

これは外の問題ではない。僕の中の問題でしかなかった。ましてや内田真礼だけを見る構造上表面化することの一生ない問題だった。

だから、ステージに内田真礼しか立たない、この擬似的な1stライブのシチュエーションに僕はどうしても1stライブの幸せを重ね合わせて夢見たのだ。

だが結論としてはどうだ、内田真礼を中心にして広がる愛の輪に、僕の心の隅にあったこの気持ちはドロドロと溶けていった。彼らも僕らとなんら変わりはないんだ。現実として彼女の傍にいる存在なのに、純粋に彼女のことを真摯に思い、支えあっている。それでおいて彼らはアウトプットとして僕らに矢印を向けるのだ。

歌が完成した時。彼女が歌った瞬間にその全てを悟ったのだ。 彼女が笑顔でこっちを見て歌えること、彼女の想いを歌に乗せられること、全部彼らの支えがあって出来ている。ステージに立つまでとステージ上で、彼女が笑顔で僕らに歌を届ける為だけに彼女の力になっている。

日頃見えないプロセスが可視化されて、その愛情が見えた。その献身が見えた。

その輪の中で歌う真礼さんの輝きを見たんだ。

彼女の歌が生まれる景色に胸が熱くなった。

最後は、僕達と真礼さんで一緒に歌った。

『だって私のバースデー』

「おめでとう最高のバースデー

おめでとうみんな集まって

楽しいパーティがほら始まるよ」

「だって今日は私のバースデー

チキンもあなたも全部独り占め

いつも来てくれてありがとう

来年もよろしくね」

 来年もよろしくねと言いながら真礼さんと一緒に指切りげんまんをする。幸せで堪らなかった。

そして、このワード。お渡し会でも感じたこと。内田真礼は世界を幸せに出来る人間なんだ。この人は、僕のことを見るべき人じゃない。彼女は全員を好きにさせるだろう。そして全員を幸せにしようとする。そして最大多数を幸せにする方法を知っているのだ。彼女はステージに立ち、分け隔てなく愛を配る。それが彼女の答えなんだ。

お渡し会の後ずっと引きずっていた自分がいた。幸せの重みを感じていた。だが、そんな事ではないんだ。結局。僕が無意識に求めていたのだと思う、特別を。

彼女は最後に、ステージに立つ幸せ、ファンへの想いを語りそして『わたしのステージ』を歌う。

わたしのステージ 内田真礼 - 歌詞タイム

 歌詞の全てが流れ込んできた。本当に限界だった。

きっと彼女はこれからもこのステージに立ち、僕達の為に歌い続ける。彼女の辿り着いたステージは、 歌を歌う意味は全て最初からファンへの矢印で終端しているのだ。

彼女は変化し続ける?

何も変わっちゃいない。

なんにも変わっていなかったのだ。

彼女の想いは、彼女の生き様は。

そこにようやく辿り着いたとき、ステージに立つ彼女が1stライブの彼女の姿に重なって、感情がとめどなく溢れてきた。随分遠回りをした。

もう泣かないと誓った彼女が目に涙を溜めて歌う。

「君と描く「今」を生きてる

僕らは飛べるよ」

こうして2017年は幕を閉じる。

どこかで満足していた自分に、こっち向いてと振り向かせられた瞬間だった。僕は“結”でいたつもりが、また“起”に帰らされた、そんな物語だった。


 

 

 

最後に、彼女が2017年を通して感じたことをラジオから抜粋して載せる。

ずっと幸せでした。
ライブやる時だったりとか、皆さんにこれが好きなんだよこういうものが好きだって伝えている瞬間が私は1番幸せな瞬間だなと思いました。
自分はいかにこれは楽しくてみんな一緒にやろうよって先導して何かみんなに伝えている瞬間が1番自分が自分らしくいられるときでもあるのでライブってのは自分の楽しい瞬間を皆と共有できる瞬間だから。
私、歌うぞ!って言うのじゃない気がしています。この1年を通して。自分が思う楽しい時間自分が思う幸せな空間をみんなと共有することが私の音楽活動の1番大事にしているとこかなというのは今年1年で改めて思ったことでもあり、来年に向けてもそれが継続して、
一言思い出更新というワードがありますけど
本当にみんなと思い出を更新してどんどんたくさんの思い出を増やせたらなと、思います。

幸せの沢山詰まった年で、でも沢山寄り道をした年でもあった。いや、近道なんてなかったんだとも思う。彼女が答えを見つけたように、僕も長い時間をかけて答えに辿り着けた。

改めて、内田真礼さん28歳の誕生日おめでとうございます。

2017年を駆け抜けた彼女がどんどん素敵で魅力的な女性になっていったように、アクセルを入れ直す2018年はきっともっと1歩を踏み出していきもっとその輝きを増していくんだろう。その輝きを見ているのが好きだ。その尊い1つ1つの輝きを大切に見届けていきたい。僕も負けないようについて行くから。一緒に「今」を感じよう。

そして、彼女はまたステージに立つだろう。そこには必ず彼女の幸せがある。彼女と僕の幸せがそこにはある。それは全然当たり前のことなんかじゃなくて、一つ一つが奇跡のような一瞬だ。その日その瞬間の今にしか生まれない幸せ。

僕は今、その幸せを最高に噛み締めることが出来る。だから、自信を持って全力でこの幸せを繋げていこう。思い出を更新していきたい。

夢の道はまだまだ始まったばかりだ。

*1:ガンガンGAちゃんねるの更新日を自分の誕生日のようにはしゃいで喜ぶルーティン

声優に近づくこと

今日は11月18日。記録をします。

まずは昨日、大阪第1回の話。

 

の前に軽く状況を整理したい。

前回東京回での彼女の第一声で「いつも見に来てくれてありがとう」などと言われて脳みそが呑み込むことを放棄して完全に頭がおかしくなったまま1週間を過ごした。

僕は認知厨ではないのだが。と思いながら、でも物証がある以上僕の犯行なのだなと、認めざるを得なかったし考えれば考えるほど抑圧していただけで本当は彼女の中に僕が存在していて欲しいと願う自分が確かにいるということを受け入れていった。

そして先週振り返って気付かされた反省。

彼女が望んで近づいた距離なのだ。僕も好きな声優を前にして無駄な意地を張らずにその気持ちに応えるべきだ。ということ。

 

来たるお渡しの前日には会員限定動画番組の生配信があった。

始めにハッシュタグとして今月を象徴するような、また印象的なものを選ぶというのがあるのだが彼女が選んだトピックは何よりも数多く口にしてきたホークス優勝ではなくお渡し会で。

こういう言及をしていた。

自分のファンの人間性に触れて大きな衝撃を受けている。驚きが大きいとは思うが好意的に捉えられているのだなと思った。

そして、やっぱりそういうことを求めているのか。と心を決めた。

彼女は1人1人の姿を見るために近づいてきているのだ。貴方という“人間”の言葉を聞かせてくれと。

 

11月17日金曜日。リリイベ大阪1回目。

お渡し会での持ち時間はとても短い。話すトピックを簡潔にまとめることは想像以上に必要不可欠で、どんなに話したいことがあったとしても字数にして6行を超えるならはっきり言って不可能に近い。意外と頭を使う。

丁寧に話題を選別しながら、大事な話は温めた後に回したいなどと考えながら、その瞬間が近づいてくるに従い硬直してくる脳みそと戦いながら決めた今日話す内容。

コスモスのリリイベということで無難にコスモスとシンボリックビューについての感想になった。文字にして6行。かなり際どいがもはや思考は働く状態ではなかったのでこれで挑む形になった。

場所はアニメイト大阪難波のイベントホール。

開演。若きポニキャンmcが軽く注意事項を述べた後に今回初めての試みを口に出した。

「これから真礼さんを呼び込もうと思うのですが皆さん呼びたい愛称など何かありますか?」

間髪入れずに各所から上がる声。

姉さん!おねえちゃん!

そう言えば心なしか平日なので客の殆どが学生だったのを思い出した。

結局呼び込みはその流れで行われた。

案の定な表情を浮かべながら登場する真礼さん。

まれいたそ警察は存在するらしいのに本人が呼ぶな言ってる姉さん呼び警察おらんの何でやと前思ったことがあるがまあ楽しそうなので別にいいや。

若干ここら辺が引っかかりつつもお渡しが始まった。僕は10番代であっという間に呼ばれる感じだったのだが、

あれ、これは、、、。予想外に早いぞ。

殆ど一人当たり10秒程度一言二言程度と言った具合だった。

どうあがいても当初のプランが完遂出来ない。

残り5回あると言えど貴重な貴重な1回を不完全燃焼で終えるのは余りにも後悔しても仕切れない。

自分の番が来るまで時間にして五分もなかったが焦る中突然それは頭の中に降ってきた。

 

「あの、せっかくのこういう機会なので1回贅沢に使ってみたいんですが、すごく畏れ多いんですけど1度言ってみたい呼び方があって。」

真礼さんはじっと見つめて次の言葉を伺っていた。マネージャーである須栗さんは若干警戒のこもった目線を向けていたように思う。

そして一言言葉を振り絞った。

「まややん。」

反応は予想を遥かに上回るものだった。

軽く飛び跳ねるようにピョンとなりながら満面の笑みを浮かべて

「わあー!!嬉しい!久し振りに呼ばれたー!ありがとー!!!」と。

須栗さんも凄い勢いの口角の上がり方をしていた。

 

そりゃそうだ。

いや、は?

お前どうした?と思う自分でも。

何がしたかったんや?と詰問したい自分に。

「まややんと直接呼んでみたかった僕」さんが僕の中に存在してるなんて聞いてないし本当にノックもせず急に部屋に入ってこないでほしいと思った。

結果死ぬほどしょうもない使い方をしていて本末転倒という感じになった。

文章にするとまだましかもしれないがあの空間、特に僕のシュールさは完全に人を殺せるレベルで僕は逃げ出すように難波の街を小一時間悶絶しながら彷徨った。

 

でも最後に見た笑顔があまりに眩しくて、その羞恥以上に満足していた自分もいた。

 

 

11月18日土曜日。

先週もした経験なのだけど一晩経つと好きな声優にお渡された(近づいて話した) 事実の現実味があまりに無くて夢のような気がしてくる。

今までの価値観からすると余りにも夢のようなお話だしね。

でも起きた瞬間から感じる心臓の圧迫感は確かな今日という日に起こるだろう夢の続きが現実のものであると実感させるには十分すぎるほどだった。

 

大阪第2回。

実はこの回も話す内容を考えて来なかった。

というのも、用意された枠から逆算すると名古屋で行われる3回が他より多めに話せるために、しっかり話したい内容は名古屋回にとっておこうとしていたのだ。そうして残った大阪回は要約が苦手な僕にとってシンプルにまとめて話す内容を考えている間にまた思考が完全に停止するターンが来てしまった。

 

寝起きの様子の真礼さんによるオープニングトーク「おはようございます〜昨日はあの後英気を養うためにご飯を食べに行ったんですけどなんと日本酒を飲んだんですよ。でも今日むくんでなかったので良かったです!」

朝から身体に良い元気になるトークだった。

酒で昨日の記憶は全部無かったことになっているだろう。

 

そして順番は周り、断頭台に上がる。

この頃になると話しかける前から反応を頂けるのが嬉しいという状態になっていた。

もはや完全に言い逃れする余地が無い。

認知厨と化していた。

ただ、あくまで認知が目的なのではなく、純粋に認知されている事実を素直に喜んでいるという状態ということで一つ許して欲しい。

許して欲しいというか逆らえない。

正直好きな声優に対面したら僕程度の考える小賢しいことなど全て吹き飛んでしまうのだ。

これは一つ今回の経験則だ。

 



 

何を考えたのかしょうもない切り出しをした。

「まだ昨日の恥ずかしさを引きずっています、、」

「ああー、うふふ。」

「今年は真礼さんがたくさん自分のことを積極的に発信してくれて、それが凄く嬉しかったです。」

「わあ!そう言って頂けると本当に安心しました。。ありがとう」

「これからも是非楽しいや色んなこと共有してください」

「はい!たくさん共有していきます〜!」

 

正直な気持ち。

彼女が葛藤を経てオープンにした部分への肯定をした。純粋に嬉しかったことを伝えたかったし、これから先も楽しく笑う彼女の顔がもっと見たいという気持ち。

自分という存在を四捨五入したらゼロである世界線から彼女に影響を与えうる世界線に到達した今、ほんの微力でもこの言葉が彼女の肩を押す力になって欲しいと願った。

大阪⇨名古屋のムーヴ。

死んでも彼女と鉢合わせたく無いし蝿も見たくないので一目散に新幹線に乗った。

 

名古屋回。

時間があるなら話したいこと。

それは感謝であり、また宣戦布告をしなければいけないと僕の血が騒いでいた。

現状の認識は盛ってイベントによく来る人止まりなんじゃないだろうか。知らないけど。

認識されるとしたらもっと文脈を明瞭にしたかった。

つまるところ、“貴方のファン”であるということを認識してもらいたかった。

もし仮に そういった信頼を得ることが出来たならこれ以上の事はない。

 

 

そして、僕はこれ以上ない程にその手段に心当たりがあった。

 

 

 

 

甘い考えはそうそう通るものではないようで、名古屋回も時間は他と変わらなかった。二、三言喋れる程度の時間。

 

ということで、2回分を費やして実行した。

 

 

「今年は、真礼さんのファンになってから1番くらい嬉しいことがあって。」

 

「真礼充ラジオに採用して頂いたのが本当に嬉かったです。」

 

『ああー!』ハッとしたように目を見開く。

 

「僕本当にあのラジオ実家のような安心感を感じて大好きです。」

 

「こんなこと言うのもあれなんですけど、真礼充の仲間入りしてもいいですか?」

 

『ン是非!!!』両手サムズアップして思い切り伸ばしつつ凄い勢いで言う

 

『これからもまたメール送ってください!』

 

「はい!僕、本当に文章書くの苦手なんですけど」

 

「〇〇さんや〇〇さんのようになれるように頑張りますね!」

 「

ただひたすらにその表情とその瞳に注視していた。言葉は鮮明に覚えていないが何より表情が全てを物語っていた。点が線に繋がった確かな手応えがあった。

僕へのエールも確かに受け取った。これでもう僕は無敵だ。何にも迷うことなく進める。立ち止まることももう無いと思う。

何より彼女の期待に応えたいと思う。

それは僕の背負うべき責任であり、

そして何より力強い動機になった。

 

 

2週間東名阪にわたってで行われてきたお渡し会も残るところあと1回。

最後の回を前にして

オープニングで真礼さんは言う。

「今回かなり久しぶりのお渡し回だったんですけど、いよいよこれが最後ということで。これから先またこういった機会があるかはわからないし、もしかしたらないかもしれない。

私も思い残すことがないように伝えたいと思います。」

 思い残すことが無いように、

きっとこれが最後の機会だから。

 

 僕の人生においておそらく最後の“声優に近づく”10秒弱。

僕が口を開く前に、彼女は僕に向かって「ありがとう」と告げた。

だから、

僕にそんな言葉を貰える資格なんて全く無い。

胸が締め付けられる。

僕こそ伝えないといけない。

いや、伝えたい。

 

感謝とこの幸福を、この胸いっぱいに満たされているものを不器用に、なるべく自分のそのままに、カッコつけずに言葉を紡いだ。

 

そして最後にこう告げた。

「これからもずっと、僕は“まややん”の味方でいます。」

 

思いの丈の全てだった。

好きな声優さんの前では嘘をつかない。

そのためには少しでも絶対と言えない強い言葉に縋ることは許されない。

 

 それでも、好きな声優さんを思う自分の気持ちに虚偽を作らない。何より天然の気持ちを大切にするという矜恃に従うなら、最後に紡ぐ言葉はこれしかなかった。

 

 

 

 

田村ゆかりさんがこういった旨の発言をした事があった。

「ずっと好きでいてくれることはないと思うけど今は沢山好きでいてくれてありがとう」

この言葉の持つ重みが僕の中にずっと存在していた。

長い年月に積み重なった傷。

最初から傷つくくらいなら声優はファンに期待なんてくれてやらなくていいと思う。

重い言葉を使うくせに声優にだけその重みを背負わせて、自分は楽な方に生きようとする。

そんなものなのだ。結局、この世界は。

自分が逃げてきた現実の重みを無意識に、縋るように声優への重みにすり替えたり。

自分の勝手な“ファン活動”への対価を声優に求めたり。

とことん無責任な生き物なのだ。

だからこそ、僕は僕に像なんて結ばなくていいと思っていた。

何も背負わせてはいけないと思っていた。

僕という存在を彼女に刻み込んだとして、それが最終的にただの傷と化すなら、僕の全ての価値は喪失される。

 

 

 

 

きっと、違うんだ。

 

 

 

本質は、今は沢山好きでいてくれてありがとうにある。

 

声優は、刹那に生きる生き物なのだと思う。

 

 この刹那の瞬間に、この“今”という余白にありったけの想いを表現する。

その1分1秒に魂を注ぐ職業だ。

 

例えばアニメのキャラクター。そのキャラクターに絵をつけて動きをつけて、そして声をつけて、映像になって放送されて、

そして、

 

視聴者が観る。その瞬間に生まれるんだ。

 

キャラクターが、生きている。

キャラクターと過ごしたワンクールの今があって、

ゲーム内でキャラクターと過ごした今があって、

声優が塗った余白に、

さらに僕らが埋める余白があって。

決して同じ今は生まれない。

みんな一人一人自分だけが勝ち得る今だ。

たとえ作品が終わり、もう2度と展開することがなくなっても、その今の中にキャラクターは生き続ける。 

 

不思議とそれは人間性にまで及ぶと感じている。

 たくさんのオーディションを受けて、落ちることの方が多いいつも就活状態の声優。

落ち続けて心を擦りながらも生きる為にがむしゃらに今を生きている。

声優にはラジオの仕事もある。

特に1人喋りのラジオは殆どファンとのコミュニケーションで構成される。

声優とファンの関係性が最も可視化される空間。点と点が繋がる空間だ。

その数十分に自分の色を込めた今を詰める。

ファンとお喋りして描いた今を満たす。

アーティスト活動に至ってはその歌が、今になる。

 

内田真礼”という声優という余白を、

内田真礼という人間とファンで、

交わった線の行く先は2人で描いていくんだ。

 

27歳の女性としての今。アーティストとしての今。声優としての今。

彼女の生きる今に何一つ同じものはなくて、瞬きしている間にも消えてしまう。

永遠なんてものよりずっと尊い一瞬だ。

僕は彼女の描く今を一欠片もこぼすこと無く受け取りたいと思う。

 

そして何より、

僕と彼女が同じ時を過ごせている奇跡。

彼女と一緒の方向を見ることが出来た今が、

彼女と一緒に笑顔でいっぱいになれた今が、

彼女を好きでいるこの奇跡みたいな今が、

この永遠にも思える幸せを感じる今がきっと全てなんだ。

 

 声優のファンとは、声優と同じくきっとそういう刹那性の中にあるんだと思う。

声優とファンの交わるこの刹那の今に、有限の中に生まれる無限がある。

それがこの感情の奇跡だ。

ファンになること、ファンを辞めること、そんな事は本当に些細なことで、

ただそのときその声優さんを好きだと思った。

その感情だけでいいんだ。

 

 

 だから、

その日その瞬間を感じよう。

立ち止まっている場合なんてない。

後ろなんて振り返ってよそ見してる場合じゃない。

走り出した彼女の足は速いから。

今が最高に楽しそうに笑っている彼女の笑顔を隣でもっと見ていたいから。

 

 

 

声優に近づくこと(前)

11月12日。

好きな声優さんのお渡し会に参加してきました。

 

人生で初めて好きな声優さんと喋る機会が突然降ってきて、

気がつくと全部で8回その権利を得ていた。

 

今日はそのうち3回の儀式を受けてきた。

キャパは400人、時間は1時間弱というのだから喋るといっても本当にたかがしれている。

蓋を開けてみると一人あたり約10~15秒だったので、まあおおよそ予想通りといったところで好都合だった。

接近が無いファン人生を過ごす中で、特に物足りなさを感じることもなく、むしろ接近は問題の種なので必要無いとさえ思っていたが、

現実としてあるものはあるものなので、実際に参加する身となったならきちんと前向きに参加したいと思っていた。

無駄に身だしなみに気を使って服を買ったりスキンケア等の美容やトレーニングなどで健康に気をつけたり、少しでも声優の視界を汚さないようにいつもより気を使ったりしたりそんな焼け石に水をかける活動に勤しんだり。

直前はずっと心臓や胃に強い圧迫感を感じて声優に近づくためには寿命を縮める代償が伴うのだなと納得したり

前日まで心も身体も大忙しといった感じで心の準備も一向に進まないまままあっという間にその日は来た。

 一連の雑感をまずまとめておく。

 


1回目終了。

 

 2回目終了。

3回目終了。

 

 

終わってから振り返ってみて気づいた。
3回とも僕は一方通行だった。
彼女に伝える事を伝えるだけ、会話をしていない。
彼女は毎回会話になるような返答をしていたように思うが、僕はまるでただ台本を読んだだけ。
物理的にこそ彼女の目を見つめていたが、その瞳に映る内田真礼の像が現実のものだったのかも定かではない。
彼女の魅力の一つである近い距離感で親しく話すことだというのはラジオを聴いていても至る所から感じる部分で、そして間違いなく今回のお渡し会はそういった文脈上に生まれたイベントだった。
結局何が言いたいのか、
正直今回のイベントでは湧き上がる感情の波に攫われて自分でも何が自分の一番の感情だったのかは分からない。
でも1つ仮説を建てるとしたら、
僕は向き合えなかったのだと思う。
自分がこれまで築き上げてきた好きな声優との距離感には絶対の自信があった。これ以上近づいてはいけないというラインが見えていて、そのラインを決して踏み越えないようにしながら最大限彼女の姿を目に焼き付けてきた。

近づきすぎて自分の感情がノイズをたててクリアに彼女を聴きとることが出来ないことの無いように。

彼女の陽の光を浴びるには充分で、彼女に見えている世界を見るには充分で、彼女には決して触れられない。そんな距離だ。
ただ、この距離にいれば彼女に一切迷惑をかけることもなければ自分も永遠に健全でいられる。Win-Winじゃないか。
僕はただ、彼女の笑顔を見ること、それだけを望んでいた。それ以上は何も望まなかったのだ。

 

 

 

 

ステージに上がり、お渡しの待機列の先頭に立った。

ステージによって隔てられていない空間に一緒にいることがまずキツかった。
あれだけ普段ステージの目の前までは全力で前にいこうとしているのに。

胸に手を当てて深呼吸をする。

はい、どうぞーと声をかけられる。

一歩。

二歩。

自分の作っていた距離を壊して、禁忌を犯しながら声優に近づいていく。

3m。

2m。

顔を上げて最後の一歩を踏み出して好きな声優に触れられる程の距離に入る。

今までで初めての距離まで近づいて、

そして自分の好きな声優を認識する。

 

 

 

 

 

そこにいた姿は神様でも何でもない。
一人の女の子だった。

めちゃくちゃ当たり前で書いていても馬鹿らしい。

そして、

僕はただ、感謝を伝えただけだった。
彼女はううん、というように言葉を続けた。
その言葉自体から受けた衝撃は間違いなく大きなものだった。
しかし、僕がその時最も衝撃を受けていたのはその表情だった。
今まで舞台上で、画面上で、どこでも見たことがない表情をしていた。
真剣な眼差しでまっすぐ僕の目を見て、念を押すように、どこか懇願するように、どこか切ない感情がチラリと覗いているように。僕の持つ言葉で型取るには到底足りない感情が交錯する表情をしていた。
至極単純に受け取るなら、「いやいや、こちらこそ、本当に、」というそのままのニュアンスかも知れない。
思考停止でいつも通り捉えるなら、たまたまその言葉を使っただけで、別に僕の像など結んじゃいない。有象無象の一つに過ぎない僕に対してのランダムなアウトプットの一つが当たったのかもしれない。
或いは。

馬鹿みたいにいつも来て視界に入る自分のファンという文脈に何か意味があるのか

 

 彼女は線引きすることを好む人間だ。

私のファンとそれ以外。

私の味方とそれ以外。

私の家族とそれ以外。

同業者にすら心を開くことが出来ずにいた時期も長かった不器用で頑固な彼女が心を開いていた存在、それがファンだったように思う。

それが、この時代から積み上げられてきたファンとのコミュニケーションによるものなのか、それとも元来持ち合わせていた人間性なのかは今となっては分からないが、彼女はファンという存在を自分の近くに置きたがる。

挙句の果てには“私の”ファンには私だけを見ていて欲しいといった旨の発言をするほどだった。

 それから時は経ち、彼女の味方は増えた。彼女自体も今や目まぐるしい勢いで駆けていく。

特にこの2017年を通して飛躍的な人とのコミュニケーションに積極的になったように感じる。

それは彼女の掲げた目標の達成を意味することで、諸手を挙げて賞賛したいと思う。

少し嘘偽りがあった。正直彼女のコミュニケーション能力が向上すること、彼女が人気を獲得することに対して直接嬉しいと思ったことはない。

でも、確実に彼女の笑顔は増えた。

彼女の発信する言葉に幸せが増えた。

それは何よりも嬉しいことで、幸せを感じることだった。

ともかく、彼女はより器用に生きるようになった。前述のような角の立つ発言もめっきり少なくなった。

彼女の変化に伴ってか、ファン層も変わった。いや、ここに関しては深い繋がりは無いかもしれない。若い層が圧倒的に増え、女性層も増えたように思う。ファンの数も格段に増えてきたのは代々木第一体育館のライブが1番物語っているんじゃないだろうか。

レーベルがスポンサーのラジオも如実に軽くなった。

そもそもこれは厳密に言うと声優ファンの話をしているようでアーティストファンの話になるのでそこは性質上の違いは当然生じるのだが。

 

前置きが随分長くなってしまった。

つまり何が言いたいのかというと、ファンが見えないのだ。

僕は内田真礼しか見ていないし、ファンといったものにはあまり注意を払えていなければ全体像を捉えることにも意味を感じていない。だから、そこに関してはまるで視点が違うしまるで的外れな話をしているのかもしれない。

でも目に見えるような形のファンが減りもっとライトなファンが殆どのこの膨大な集まりに対して、得体の知れないが加速度的に増え続けているファンなる存在について関心を持つことは自然なように思う。

果たしてその上で、初めて実像と結びついた僕という存在はその“レッテル”にはどんな価値があるのか

 

 

 

答えは出ない。
別に答えなんてないんだとも思う。
強いて言うならただ、そこにみた景色に意味を感じた自分がいるだけだ。

 

とにかく、それからも彼女の笑顔は眩しくて、目を開いているだけで精一杯になりながらもそっと寄り添って親しく話す彼女にはそれだけで僕は満たされた。ただ、感謝を伝えると決まってその表情をする。
その目が、ずっと僕を捉えている。

 

 

こうしてサイエンスホールでの長いようで短い1日を終えた。

そこは奇しくも3年前、僕が初めて彼女に、
“一人の女の子”に出会って好きになった場所だった。

+INTERSECT♡SUMMER+

7月1日日比谷野外音楽堂での幸せの記録

待ちに待った7月1日。

僕の好きな声優のライブの日だ。本当に死ぬほど待ちわびた日が来た。

朝起きた瞬間から胸が締め付けられる感覚があった。

 

空は雨模様。

会場は野外の為天気が1番の心配要素だったのは本人からも伝わってきて、てるてる坊主を作る様子に僕も晴れることを祈るばかりだった。

いや、天の神様もこのてるてる坊主見れば思わず微笑んでくれるはずなんじゃないだろうか

 

例の如く開演時間まではずっと曲とラジオ、真礼さんの声に触れながら手紙を書いて過ごした。感情の弁が外れたように楽しみな気持ち、好きな気持ち、緊張する気持ち、色々な感情がごった返していて当日になってなおこれまで以上にナーバスな状態になっていたように思う。

そうしてあっという間に開場時間が来た。 

いつの間にか雨は止み、日差しが差していた。

真礼さんの笑顔を曇らす要件が消えて良かった。舞台はこれで全て整った。

入場。

放射状で高低差もあり、とてもステージが近く感じて見やすいいい会場。
席について息を整える。
今回のライブにはテーマがある。

内田真礼と夏デート。そういう気持ちで来て欲しいと言われた。


そういう気持ちになれていただろうか。

でもきっと人1倍彼女を好きな気持ちは持ってきていた。
あとは一緒に笑えれば僕はそれで充分だ。

 

そして、この言葉の意味するところを薄々感じ取っていた。

彼女が今回メッセージを持ってきているならそれを全部受け取ってやろう。

 

そして『+INTERSECT♡SUMMER+ 』が幕を上げた。

 

 

最初に出会ったのは内田真礼によるモノローグ
「平行線のような道
前だけみて歩いてた
光ある方を目指して
風を感じた
違う場所にいたはずなのに
そばに君がいた」
内田真礼と出会った。彼女の作り上げた文脈のもつ説得力に一瞬で引き込まれていた。湧き上がってくる感情がいっぱいになって息が詰まりそうになる。何かが零れそうになる。

内田真礼ライブ2017、INTERSECT♡SUMMER!」

+INTERSECT+のイントロが流れるとともに赤いアロハ風のワンピース姿の内田真礼が登場する。最高の笑顔を携えて。

 

 +INTERSECT♡SUMMER+

 

セットリスト
1.+INTERSECT+
2.からっぽカプセル
3.Shiny drive,Moony drive
4.Sunny Day Sunday
5.クロスファイア
6.大スキ!
7.Moment
8.TickTack...Bomb
9.金色の勇気
10.5:00AM
11.夏祭り
12.モラトリアムダンスフロア
13.ギミー!レボリューション
14.Smiling Spiral
15.Hello, future contact!(summer ver.)
アンコール
16.創傷イノセンス
17.魔女になりたい姫と姫になりたい魔女のラプソディ
18.雨上がりの夜空に
19.+INTERSECT+

 

+INTERSECT+

デートの始まりだ。

恋を運ぶ神様が君を連れてきた。

僕の目の前で歌う彼女に、彼女の笑顔に感極まってしまっていて記憶があやふやだけどサビでちょっとした振りもついていて真似をしていた気がする。爽やかなメロディながら最高に盛り上がった。こういう直球なラブソングは意外と少なくて、純粋に初めて味わうこのときめきに胸が高鳴りっぱなしだった。
続いて

からっぽカプセルShiny drive,Moony drive

完全に盛り上げ隊長というかライブ序盤の火付け役が定着してきたからっぽカプセルからしゃにむにと楽しい曲が続いた。

しゃにむにのライブ体験は代々木、新宿、相模大野、そして台湾にまで及ぶ。本当に世界を真礼さんと一緒にドライブして来たかのようで気づけば思い入れのある曲。遊び心満載の歌詞を真礼さんがエアーズロックマーライオンのキャラクターに扮しながら楽しそうに歌うのが醍醐味な曲だ。
『助手席はそう、任せたよ!』と言いながらハンドルを回す振りコピをさせるのは一体、、?とか深く考えてはいけない。
でも、冗談じゃなく、今日は僕の好きな声優の“好き”を体験しに来たわけで、そのコンセプトが初っ端からこれ以上ない形で回収出来て、というドライブは僕の目的地に連れて行ってくれると信じられた。なら後は、

『飛ばして行こうよ!』

 


MC

「本当に晴れて良かった。もうずっとsiriに天気聞いてたんだけど雷ですって」

ぷんすかとする真礼さんがかわいい。

「衣装がこれバンドとダンサーと一緒にアロハ感でててハワイアンセンターみたいになってて面白かった」

「あ、(てるてる坊主の)マッキーはマジックのマッキーじゃなくて舞台監督の槇さんがめちゃくちゃ晴れ男でさ、日比谷野音20連勝中らしいんだよね!すごい!!」

 相変わらず気の抜けるようなMCには緊張の色は感じさせられない。等身大の女の子みたいで、なんだかすごく愛おしくなった。

 

「じゃあ次はカバー曲をやります。

今回は夏っぽい曲を選んできました」


Sunny Day Sunday

バンドと掛け合いながら、ノリノリで歌う真礼さん。曲は知らねど、それだけで楽しむには充分だった。

「39度の!」

「とろけそうな日!」

 蒸し暑くてとろけそうな日。汗は既にかきまくっている。でも悪くないサニーデーだ。真礼さんの笑顔を見て、最高の晴れの日を体感した


クロスファイア

黒須ファイア来たな。

僕が夏のライブとして1番に想起されるのはこの曲だった。タオル振り回し曲。

レコーディングの際にバンドと真礼さんが交互に収録するのがまた野球の攻守のようでとても楽しく、そこでバンドとの距離を縮まったという真礼バンドとして意味合いが深い曲。

勝手な予想だがこれからもバンド編成のライブでは必ずこの曲をやるんじゃないか。と思うくらいバンドと息を合わせて団体戦をするような時間。

間奏で野球の応援をするように「と・ば・せ!と・ば・せ!疾風のごとく!」とメガホンを叩きながら叫ぶ部分がある。これがとても楽しい。

そのタイミングで真礼さんが取り出したのは水鉄砲。発射される水素水。すごく愉快な表情をしながら客に水を浴びせまくる。何が面白いってちょっと威力が強い程度の水鉄砲で打つ度にシュコシュコして再装填して打たないといけないのがなんとも間の抜けた感じが笑顔を誘った。僕も水をかけられた。好きな声優に水をかけられる人生で本当に良かった。

そんな、ライブならでは、がこれでもかと詰められた最高に楽しいクロスファイアだった。

 

 大スキ!

ピンクワンピースに麦わら帽子を被って再び現れる。
なんだか懐かしいメロディが流れ始める。

付き合いたてのカップルみたいな甘い歌詞に、楽しそうに大好き、愛してるを繰り返す彼女の説得力が心地よくて本当にデートをしてるような気持ちになった。途中で丸いポーチからインスタントカメラを取り出して自撮りをする真礼さん。これもまたなんだか緩い演出に、この選曲とともに全部真礼さんのアイデアだと確信した。内田真礼の作り上げるフワフワして幸せな時間をゆっくり味わった。

直後のMCで答え合わせがあった。

『夕焼けの帰り道予定変更
スピード写真に寄り道
「一時間後です」
あと1時間ドライブ』
って歌詞があるんだけど、スピード写真ってw世代感じちゃうよね。私スピード写真よく知らなくて、いや存在は知ってるんだけど親とかが操作するからあんまりわからなくて、あ、写真もっかい撮ろっか!黒須さん撮ってー!と黒須さんに無茶振り。

そして写ルンですでもう1枚写真を撮った。

 

思い出更新だね。写真アルバムいっぱいに彼女との思い出をこれからもずっと詰めていきたいなとそんなことを想った。

 

 そして
MomentTickTack...Bomb

瞬き1つしないように、この一瞬を目に焼き付けるMoment

身体の力を抜いて全てを委ねて味わうチクタクボム。

彼女の表情を、彼女の見つめる先をずっと見ていた。

彼女の答えとも言えるMomentだけは、一欠片でも取りこぼしたくない。

後のMCで、ライブは1人1人が独り占め出来るものなんですよと彼女が言った。この言葉は本当に僕がずっと感じていたことで、その文脈こそが大事なものなんだ。

Momentとチクタクボム、これらの曲はその意味以上に独り占めしたい曲。そこに見えたもの感じたものをまた胸の中にそっとしまい込んだ。

 

MC

「なんだか家にいるみたい」

 ガヤが雄馬くんは!?とツッコミを入れたのに苦笑しながら「変なこと言ったら怒るよ!」

と言ったのが悔しいが印象に残っている。

 

そんなことはともかく、上の発言から彼女の気持ちの場所の答え合わせが出来て安堵した。

真礼パーティで彼女はよくそういう発言をする。それは精神的にもファンを近い場所に感じていることで、そこに安心感を感じているっていう一種の承認で、それでいて今回の彼女のライブのコンセプトを自分で実現していることを表していた。

2ndライブ初日に「なんだかフェスみたい」と言ったときの気持ちを思い出した。

 

テーブルと椅子がステージ中央の前に出され

椅子に腰掛けて歌い始める。
金色の勇気

この曲も気づけばライブでの披露も3回目。

1st、2ndと経てきて、この夏に味わった「金色の勇気」はより一層味わいが深かった。日比谷野音という野外の環境も演出の一端を担っていたように思う。夕暮れの空のグラデーションにオレンジ色の照明に優しい歌声が気持ちのいい調和を成していた。

この曲がこの日特別に染みた理由は色々考えられる。1つはこの曲をどんどん自分モノにして消化して、今の真礼さんの「金色の勇気」として表現していたことがあると思う。

そして、この曲は日常の中の曲であり現実の中にある曲なんだ。毎日を過ごしている中でこの曲に出会う、そんな曲のように思う。

僕は彼女に体重かけたり、助けを求めたりしようとは思わない。が、この曲を聴いているときだけは少しだけ寄りかかって安らぎを得てもいいんじゃないかと思える。「立ち止まってもいいんだよ、焦らなくてもいいんだよ」と言われているような気持ちになって、どこか気を緩めて、そんな心の隙間にゆっくりとこの歌が染みる。「なんだか忙しすぎる毎日」に疲れていたのかもしれない。伝えるように、伝わるように言葉に想いを込めてしっとりと歌い上げる彼女の歌は本当に素敵だった。

 

そして5:00AM

この日はソファにもたれたりバンド達に絡みながら、特別色気のようなものを感じた。彼女の目を見て、その歌を聴いて彼女が何を思うのかを垣間見ていた。

想いが強く乗せて歌うこの歌は、麦わら帽子を外して机に置いた後の世界だ。

切ない気持ちが胸に残りながら、彼女はステージを後にした。

 

『デートももう終わり、楽しい時間はあっという間』

真礼さんと2人で手持ち花火を楽しむ映像。

真礼さんが綺麗で、可愛くて、なんだかとても切ない気持ちになった。

画面に打ち上げ花火が上がる。

真礼さんが浴衣姿で登場。

 

君がいた夏はー」

夏祭り

浴衣と花火、記号的にも夏デートを感じさせる最たる部分だった。直前の映像から物語が続いていて、このあたりではもう完全にデート世界に没頭していた。とても良かった。

「夏祭り」から連想されるものが「太鼓の達人」だったためにずっと太鼓の音が空耳されていたのはここだけの話

 

そして追い討ちのお祭り騒ぎ

モラトリアムダンスフロア

最高に盛り上がるし何よりモラトリアムの真礼さんは相当テンション上がっていていわばパリピまややんになっていて表情も豊かで良い。

みんなも一緒に踊ってねとか言っていた気がするし何より曲が踊れと申すのでそりゃ踊る。

踊ったほうが良い。

一緒に楽しく踊っていると物々しい機械がステージ中央に出現してなんだと思ったら真礼さんが乗り込み、3、4メートルくらい上に上がった。

一体どういう事なんだこれはと混乱しながらも天を仰ぎながら踊り続けた。さながら夏祭りの盆踊りのような感じになっていたしもしかしたらそういう意図なのか?と思ったけど全然自信はない。

 

MC

「この衣装風車が沢山ついてるんですよ〜。」

黒須さん楽しいですか?と聴く真礼さんに無言でサムズアップの黒須さんには流石に黒須さん、、となった。

後のMCで明かされるのだが黒須さんは大阪ではいないために敢えて積極的に絡みに行っていたらしい。

(ぶっちゃけ勘弁して欲しい。黒須さんと絡むことで黒須さんにもスポットが当たるがライブ中のかっこよさと寡黙な紳士さのギャップを見て黒須さんも好きになってしまう。)

まだまだ盛り上がれるよねー!とラストスパート
ギミー!レボリューション

Smiling Spiral

Hello, future contact!(summer ver.)

感情のパラメータの上限突破コンボ、最高に楽しくて笑顔しか記憶にない。

Smiling Spiralの代々木では一瞬冷めてしまう部分となってもしまったウェーブパートも今回は起点となったので全く支障がなかった。

ウェーブでの好きな声優以外を見る必要があるノイズが消えたSmiling Spiralはマーベラスだ。

そんなことはどうでも良くて、本当にいつもここの感情にまで達すると本当にどこまでもいける気がする。てっぺんがどこなのか、それは未だわからないけど僕のてっぺんは天元突破されっぱなしだ。

本当にここが内田真礼の真骨頂で、身体が、心が幸せでいっぱいになる。純粋に圧倒的な幸せの絶対量で殴られて、一生分の幸せを貰った僕はこれから先もずっと一生幸せなんだと、そういう手応えを確かに感じられるんだ。

一つ確かに言えることはそれは何より“内田真礼が幸せだから”だ。この空間に破裂しそうなほど飽和している幸せの起点は彼女で、そこから連鎖する笑顔の渦にのまれながら僕らは幸せになる。

「思い出更新!ってずっと言い続けてきてるんですけれど、幸せですよ!最近は特に思うんです、私、凄く幸せな場所にいるなって。2ndライブのダイジェスト映像を見たときに“内田真礼で良かった〜”って改めて思って。それってすごく幸せなことですよね!」(+INTERSECT♡SUMMER+パンフ)

結局、簡単な話で今のこの瞬間の彼女の幸せを信じればいいんだと思う。それだけでいい。

ただこの瞬間、間違いなく彼女が幸せだった。

きっとそれが全てなんじゃないか。

言うまでもなく、僕もそれに負けないほど幸せで。感情が幸せに弾き飛ばされて幸せしかない。

好きな声優と自分の好きが交差する刹那の奇跡に感慨無量だった。

ラストのfuture contact

彼女は必ずこの曲を最後に持ってくる。

終わりを感じて切なさで胸が張り裂けそうになるとき、この歌のキラキラの幸せに満たされて、胸がいっぱいになる。

それでも、この歌は別れを告げる曲なのだ。

Say Good-byeとサヨナラを言って、また会おうよと再会を告げる曲。

1つの幸せの終わりがあって、でも“今”から“未来”へ点と点が繋がるのが“見える”んだ。

こんな幸せがあっていいのだろうか、本当に想いが溢れ出して、止まらなくなる。

また会う約束をして、今日の楽しい時間を胸につめて、僕も彼女に言う。「バイバイ、また会おうね」と。

デートの終わりだ。

 

 

 

 


世界が終わる前に、ノイズが世界が途切れさせる前に、彼女の名前を叫んだ。

 

 

『まだ帰りたくない、寄り道していこ?』


アンコール

突然イントロで鈍器で殴られる

創傷イノセンス

 バ、、、、、、、、、バッッッカかよ!!!となる。思えばいつもこの曲は想像を裏切って反則的に演出される。この曲から全て始まったんだぜ。マジで頭おかしい。

でもこの感じが、最高にロックだ。

感情の高低差とか色々で脳みそがグチャグチャになって何か筋がプツンと切れるのを感じながら沸騰するように飛び跳ねた。目の前で女王のように客を煽る真礼さんが美しい。

私の道は私が決める。この台詞も今まではアニメキャラのセリフのように聞こえていたが、この日の私の道は私が決める。には血が通っていたように感じて痺れた。自分の足で地に足をつけて彼女が立っている。いや、もう彼女は力強く走り出している。貴方が自分で決めた道だからこそ僕も歩きたいと思うんだ。

mc。

「アンコールありがとう。名前を呼んでくれて嬉しかった。

ていうか寄り道した先が創傷ってどんな寄り道だよwって感じだよね」

ホンマそれよ。楽しいデートの帰り道で突然富士急行ってドドンパに乗せる奴があるか。

一緒に笑った。

 

「次は新曲をやります! 相方は今回いないんですが、収録してきました!

あとPVも撮ってきました!(!?)

コールは全部まあや!って言ってね!」

 

魔女になりたい姫と姫になりたい魔女のラプソディ

 ・・・・「「Are you ready?!!」」

最高。

画面には魔女すみぺが写っていた。

歌というかほとんど掛け合いでミュージカルのようなこの魔女姫。この曲に関しては何度も聴く度にインスピレーションが湧いていて、2人の何よ!何なのよ!「あなたなんて大嫌い」の絵が出来上がっていた。

今回この絵を見られることが出来なかったのでまだこの魔女姫は2回進化を残しているとしてフューチャーに期待したい。

でも1人だったからこそ見れた良かった点もあった。間奏の「まあや!まあや!」「すみぺ!すみぺ!」という愉快なコール部分ではまあや姫の仰せつかわされた通りに「すみぺ!」部分も「まあや!」1色に染め上げられたときの真礼さんの苦しゅうないとでも言うような満足気なドヤ顔。最高に可愛くて最高に笑顔になれた。最高のナチュラルボーンプリンセスだね。

 mc
「今回ライブをするにあたって色んなことを考えてライブを作っていく中ですごく成長したのを感じた。みんなにも伝わっていたら嬉しい。」

 

日比谷野音。ここに決まったときからずっとやりたいことがあった。

 勿体ぶるように、興奮も最高潮なように、言葉を綴る。

彼女の周りの空気が変わったのを感じた。

来る。

今日のこの時間の本題が来る。そんな感覚があった。

最高にロックに!最高に愛を込めて!

「雨上がりの夜空に」

 

 

 

ああ、本当に。

 

綺麗だと思った。

なんて出来すぎているんだろう。

 

この瞬間の彼女の表情を一生忘れない。

 彼女が表現したいものをライブという形で作り上げた日。

 

RCサクセションを好きだという彼女のルーツは僕の中では単なる趣味の1つだった。

無骨で男くさいロック。

しかし、この瞬間全てが線で繋がった。

ロックを愛し、彼女は歌を歌うのだ。

 

彼女はRCサクセションについてこう言及していた。 

清志郎さんの曲って愛に溢れているじゃないですか。それが好きだったんですけどライブを何回かしていくうちに自分のライブにも通づるものを感じて。

愛だ、と。

愛を伝えるべきだこの場所では。」

 

間違いなく1つの到達点だった。

1つの“完成”を確かに感じたんだ。そういう瞬間だった。

『こんな夜に お前に乗れないなんて』

『こんな夜 発射出来ないなんて』

日比谷野音の雨上がりの夜空に、幸せな彼女と僕の歌声がどこまでも響き渡っていった。

 

覚めやらぬ興奮の中、

最後の曲は始まる。

+INTERSECT+

まだ水浴びたりないよね?!とまたこれでもかと水をかけ、駆け回る。本当に楽しそうに彼女は歌う。

こんな無邪気な笑顔をされたらセンチになってちゃいられないよな、と僕も笑顔になって彼女の笑顔に笑顔を交差させた。 

 

『ああ君と大切を増やしたい。これからもー』

 この曲のテーマの一つは再会だ。

だから、僕は立ち止まれない。幸せなこの瞬間の先にもまた幸せがあるとそう信じられるから、今を思い出にして、今を生きるために歩き続けるんだ。

 

『愛を込めてこの歌を君に送りたい

交わった線の行く先は2人で描こう。』

 +INTERSECT+がライブの中でまた色をつけて出来上がっていく。彼女の愛を感じる。彼女が真っ直ぐに投げる好きの気持ちを受け取りながら、僕の好きを交差させる。掛け合わさった好きが折り重なって世界が幸せに包まれる。日比谷野音の空に届くまで幸せが積み上がっていく。

 

 『ああ抱きしめたその温度は少し切ない

、、、

「好きだよ!!!!!!」』

 

 

彼女が全身を使って、前屈みになりながら叫ぶ。

 

 彼女とのデートの最後は、彼女の伝えたいメッセージは奇しくも僕と同じゴールだった。

 

内田真礼が好きだ。

 

それはスタートで、今日ゴールになった。

そして、今日からまた2人のスタートになるんだ。

 

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 エピローグ

内田真礼のライブ”だった。

自分の中のシャッターをこじ開け人と仲良くなろうとしている、積極的に行動して、自分の想いをもっと伝えていこうとしている今の彼女だからこそこのライブで内田真礼を近くに感じた。

1stライブでこの幸せを知り、さらにこの幸せを更新出来るように努力して、またバンドやスタッフとのチームとして戦うことを覚えた2ndライブを経て枠を広げ、出来ることが増えたからこそ彼女が自分の想いを伝えるために自分で作り上げられた「内田真礼のライブ」だった。

彼女の変化と成長が、最高の幸せに実を結んだライブだ。

 

 少しだけ前日譚をする。

代々木第一体育館での2ndライブは大成功だった。あのライブを契機に内田真礼のライブの楽しさを知りファンになった人は多いだろうし、彼女にとっても自信に繋がったのだと思う。

大きな壁があることで絆が深まった側面もあるし大きな成長に繋がった。

ただ、あの2日間に僕はしこりを抱えていた部分があったように今なら思える。満席とは言えないが1万越えのキャパの会場で、その中では近いところにいたけれど、遠かった。

それは単に物理的な距離だけの話ならいい。

が、幸せに満ちていた中でもどこか僕は距離を感じてしまった。彼女の見つめる先が時折虚空を見ているように感じた。彼女の見ている世界を感じ取れないと途端に僕の視界も淀み、世界に彼女以外のノイズが入ってくる。客、ダンサー、その他。彼女の持つ枠を一気に広げたライブだったのは確かで、今まだかつてなく最高のエンターテインメントだった。

 大げさに言ってしまったが何が言いたいかと言うと単に消化不良で未だに解釈されてない文脈があの日に取り残されていた。

たったそれだけの話。

ただ、本当に下らない話だが、例年と違い、ホームとも言える真礼パーティもなくなるなど2017年は真礼さんに会える機会は格段に減っていたこともこのしこりを加速させた。

要するに、大人気声優という文脈が消化不良を起こしていたんだと思う。

僕が初めて彼女に出会ったとき。彼女はか弱い少女で、僕はこの娘を支えたい、力になりたいと思った。彼女の笑顔をもっと見たいと思って何よりこの幸せの続く先に歩いて行きたいと思った。

今もその思いは変わらない。

 

「 例え彼女が変わってしまっても?」

 

確かに彼女は変わった。それはでも彼女が変わろうとして変わった部分で、彼女の目指す方向に前進しているということだった。

その大きなきっかけとなったのはアーティスト活動であり、あの日、2月28日。

1stライブの日だったんだと思う。

あの日を、彼女は人生で1番幸せな日と言う。

何度も。何度も。こと1年経ってもだ。

僕だって人生で一番幸せな日で、あの日があるから強く生きられている。前に進もうと思えている。

そして彼女もまた前に進もうと少しずつ自分も“好き”を発信していった。“好き”を増やしていった。心を開いた先には温かい世界があり、毎日のように楽しいを発信するようにようになった。Twitterも始めた。私の好きをもっとみんなに知って欲しいと。目に見えて彼女は今や大きな人の輪の中にいるようになった。今では多くの人に慕われる存在になってきている。

パリピになりたいという、人ともっと仲良くなりたいという願いは今まさに叶いつつある。

自分から人と距離を縮められるようになった彼女は、自分の想いを伝えるのが上手になった彼女は、間違いなくこの道のスタート地点にいた少女とは違う。もう小さな世界で殻にこもっていたか弱い少女の姿はそこにはない。

だからこそ、元来持つ魅力を今や世界に発信していく能力も身につけた彼女が人気を博すのは当たり前だ。それも含めて彼女の足跡なんだと気づいたときようやくしこりは消化された。

きっと、気づかないうちに新人声優を好きになってしまっていたということなんだと思う。

手の届くような、新人声優という文脈。

でも当たり前だが、その文脈の中に彼女がいるんじゃないんだ。彼女の中にその文脈があった。期限付きの文脈。

それは、大切な思い出。

 

月並みなことを言う。

僕は今の内田真礼が好きだ。

今までの内田真礼も好きだった。

目まぐるしい勢いで好きを発信していく真礼さんと一緒に“好き”を共有する今が愛おしい。

彼女を守れる存在になりたかったはずが今や彼女に振り回されっぱなしだ。彼女と一緒にいると、彼女の見ている世界を見るといつも新しい世界に出会う。新しい楽しさ、新しい幸せに出会える。幸せをものすごい勢いでインプットしていくこの行動力が彼女の持つ絶対的な幸福力の源泉になって彼女が前に進む推進力になっているんだね。

すごい勢いで走っていく彼女にいつか追いつきたいと思う。今は、負けてられないなとも思う。僕の人生ごと、彼女は前に引っ張っていく存在になっている。これから先僕の人生で成功する度彼女に感謝しないといけない。

絶対に感謝しまくりたいと思う。

 

  

+  INTERSECT♡SUMMER+

日比谷野音で真礼さんと2人で過ごした日。

 

夏のライブって初めてなんです。

今まではどうしても「年に1回のお楽しみ」って感じがあったんですけど、今年はもっとライブやるぞ!というのをみんなに伝える意味でも夏にチャレンジして。

意外と今年はイベントが少なくて、皆さんに会う機会も少なかったので、夏に向けて増やしていきたいなと思っています。(声優グランプリ七月号)

 

 「イメージとしては、今回のライブでの私の立ち位置が、夢とかではなく、実際にいたら最高!みたいな女の子像になればいいなと思っているんです。アーティストというのではなく、もうちょっと身近な感じになればいいなって

。そういう温度感や距離感を大事にして一緒にライブを楽しんでいる感じになればいいなあ」(+INTERSECT♡SUMMER+パンフ)

 彼女の言葉。彼女の想い。彼女が歩く方向。

 僕の気持ちが見透かされたかのようで

彼女と僕の感じているものと歩きたい方向が一致していることが何より嬉しくて

僕はまた内田真礼を好きになった。

好きな人と同じ方向を見れることが、一緒に歩けることが出来る奇跡を、しっかり享受したい。

 

 

 今日という日は、そんな日だった。

ずっと彼女と一緒に歩けるとは思わない。ずっと彼女と一緒に笑えたらどれだけいいかと思うけど永遠はないし終わりはあると思う。

でも、

だからこそ、

彼女が隣に来て歩いてくれたこと

彼女と一緒に笑ったこの幸せを

この瞬間の幸せを僕は忘れない。

 

 

 

『好きだよ

君と一緒に、その一瞬を奏でよう。』

 

 

 

 

 

僕と内田真礼と2016年


内田真礼さん27歳の誕生日おめでとうございます。

 

  年の終わりを感じながら、幸せな思い出の詰まった年を想いながら、12月27日は来る。

27歳の誕生日の今日も想うのは26歳の内田真礼さんのことだった。

 

でも今日までにしよう。

僕が26歳の内田真礼さんと過ごしてきた2016年の感情をここにそっと封をしよう。

 

明日からは27歳の内田真礼さんに向き合う為に。

 

 

2016年は旅立ちの1年だった。

2014年に内田真礼さんに出会い、

2015年に地に足を着けて、

2016年にはようやく見えてきた道を走り出した。そんな年だった。

 

本当に幸せがいっぱいの1年だった。

一体何から話せばいいだろうか。

 

思えば2016年初めて目にした真礼さんが今年一番の大事件だったかもしれない。

僕の好きな声優は、髪をバッサリ切りボブヘアになっていた。

僕の好きな声優は、ボブヘアになっていたのだ。

内田真礼からボブまあやになったのだ

からっぽカプセルのリリースイベントで、内田真礼さんが「ロングヘアかショートヘアどっちが好き?」みたいなアンケートを会場にとるコーナーがあった。

ロングヘアの真礼さんを前にして踏絵をするかのようなこの質問に対して僕はショートヘアを選び天高く手を突き上げた。

そんな伏線が回収されたのを感じた瞬間だった

ではなく。

 

敢えて言うと内田真礼さんは僕の理想の女性像とは全くかけ離れていた。

内田真礼さんの姿を目にする機会はおそらく2012年あたりからあった。しかし特別気になるような存在ではなかったし特別可愛いとさえ感じていなかった。

真礼さんを初めて生で見て、真礼さんの声を聴いてそこで感じるものがあり今に至っていた。つまり僕の内田真礼さんへの気持ちの源泉としてビジュアルのウェイトは大きなものではなかったように思う。

しかし2016年初めて僕の瞳に映った内田真礼さんは紛れもなく僕の理想の女性だった。

オーバーな表現だったな。人並みな表現で言うと、世界で一番可愛かった。僕の世界で。

ボブヘアがめちゃくちゃ似合っているし本来あるべき姿をようやく目にしたという気がした。

雷に打たれたような衝撃をおそらくあの武道館の中で1人受けていた。

そして、次にはこれは僕のための存在なんだと思い始めた。

なら僕はボブまあやの一番になろう、ならなければいけない。誰よりもボブまあやを好きで、誰よりもボブまあやを目に焼き付ける人になろう。そういう想いが湧いてきた。

この日のステージは最高で、2016年は「Hello,1st contact!」から始まった。

 

そして蓋を開けてみれば2016年は「Hello,future contact!」で終わるのだから全く出来すぎている話だ。

 

 

 

 

 

内田真礼1stライブの前に一つ消化しておかなければ先に進めない話題がある。

おそらく自分の内田真礼さんのファンとしての姿勢について1番考えて、そして答えの方向性を見つけたのがこのときだった。

きっかけはラジオの発言だった。

文脈や話している雰囲気を取り除いてワードを抽出すると毒気の強い文章になるが、「PENKIは過去」という発言が一部で物議を醸していた。

これは根が深い話でもあるので丁寧に整理していきたいのだがまず僕はこの発言には何ら不快感や不安を感じることはなかった。

この時期の内田真礼さんの傾向として自らを断捨離声優として古きを捨て新しきをどんどん追い求めていく姿勢があったのは確かで、その文脈にこの発言を組み合わせた結果見えてくるものとして内田真礼さんの視界には現在ひいては未来しかない、過去が軽視されている、ということになる。

 

僕は2014年に内田真礼さんのファンになった。忘れもしないこの年に行ったバースデーイベントは幸せに満ちたものであり、同時にファンとして自分の立っている場所があまりに低いことを思い知らされた。

声優というものに初めて触れて、凡そ全てのことが新鮮で右も左も分からないような状態に焦燥感を覚えた。

足りなすぎる。何もかもが。

遅すぎた。悔しかった。

彼女と僕の間にあった「過去」という埋めようがない空白が。

音源を全て手に入れよう。

彼女の演技を全てこの目に収めよう。

過去の彼女を少しでも感じたいから雑誌や文献を集めよう。

ラジオを聴こう。

まだ足りなかった。

 

そこで僕は内田真礼さんを応援し続けてきた人達から何か学べないかと考えた。

もし過去の真礼さんが生きているとしたらきっとそれは本人よりもそのときの真礼さんを応援してきたファンの中だと思ったからだ。

それからずっと彼らから学ぶ毎日だった。声優を応援することに関して本当に学べることだらけだったし、自分の価値観と衝突するようなことも多く、思考を巡らせて消化不良を起こしかけたりしながらも新しい視野が開けることもあった。

そしていつも最後に思うことは年月の重みだ。当たり前だが惰性なんかで出来るものではないのだ。ひたすらに肺を焼きながら走り続けているのは時に恐怖さえ感じるほどだった。

リストにはいつの間にか沢山の真摯に考える人たちがいた。その全員に敬意を感じていた。

 

そんな折だった。件の発言は。

僕の学びの場には口を揃えて大きく怒りや憤りの感情の火が撒き散らされていた。

戸惑いもあった、周りのマジョリティが自分と正反対の意見を言っているからではないことは言うまでもない。“彼ら”が言うからだ。

何度も反芻した。僕の積み上げた文脈ではまだ読解に足りないものがあるのか模索した。

だが結局それ以前の小さなところで僕の一線を超えることになった。理性でなく感情だ。

僕の好きな声優を魔女狩りのようによってたかって虐げる様子を見るに耐えなかったし、何より僕の信じる「「内田真礼を信じる」真摯なファン」を自ら裏切る光景が本当に地獄だった。

僕が大きく感情を動かされたのが声優によってではなくオタクによって、というのも声優オタク失敗だな、と思う

盲目的だと言われようと全肯定だと言われようと構わない、俺だけは内田真礼の味方でいる

そう強く決意した。

蓋を開けてみれば歪んだ愛情表現だったりするし結果的なアプローチで言うと僕は足元にも及ばないことになるのだが。

それでもあの空気感だけは偽りなくおかしなものだったと僕は思う。

 

 余談が過ぎてしまった。

 

 そして最高の一日は来た。

内田真礼ファーストライブ「Hello,1st contact!」

内田真礼1stLIVE 「Hello,1st contact!」 - Happyをsearchしてる

一年近くたった今もあの日の幸せの熱が残っている。奇跡のような1日で、あの空間を過ごせたことが、内田真礼さんと同じ幸福を共有出来たことを一生誇っていける。この日のために僕の人生はあった。

 

少なからずこの1日の影響があり、今年は「声優に会いに遠征をする」という一線を超えた初めての年になった。
「声優に行くために同じ円盤を複数枚買う」一線を超えたときと同じ人の道を踏み落とす感覚があった。まあ逆に言うと一般常識的な感覚によって今までその発想がなく、またはそれはおかしいと感じていた訳だからそんな枷は早めに外しておくに限るなと今となっては思う。
何が良かったってMaaya Partyが良かった。遠征して何百kmも移動してきた場所で会う好きな声優との距離感が近いのが良かった。
遠いところまで来たのに我が家に帰ってきたような感覚で、“遠征”なんて大仰な名前は違うな、
これに相応しい名前をつけるとしたら“帰省”だと思った。
生まれてからずっと関東で生きてきた僕に初めて故郷が出来た瞬間だった。

 

 

2016年は声優としての活動は全盛期に比べるとやや落ち着いていたが僕にとっては声優内田真礼としてのキャリアを振り返るような1年でもあった。

ノラガミガッチャマンクラウズごちうさアイドルマスターシンデレラガールズのイベントがあり、他にも中二病再集結やあいまいみーさんかれあGJ部の歌唱まであった。

過去と現在、点と点が線で結ばれる奇跡には、真礼さんが歩んできた軌跡が見えた。

それは作品文脈、キャラクター文脈が現在に現界している光景であり、見て感じる世界がその文脈に呑まれる体験だった。

言ってみればこれこそ声優イベント、アニメイベントの醍醐味なのかもしれない。

きっとその軌跡に寄り添ってきた時間だけそこに見える景色がより明瞭になる。その軌跡に刻まれた感情が、その景色を彩るのだろう。

 

 

イベントありきみたいに話をしてしまい過ぎた。良くない。

今年の真礼さんの良かったことについて。

ミリオンアーサーradioが良かった。アイムの後輩鈴木ありさちゃんを前に見せる姿が本当にたまらなく好き。優しさに溢れていてそれでいて後輩にも突っ込まれるようなマイペースな部分もあって、永遠に聴いていられる空気感が出来ている。

甲鉄城のカバネリでは千本木ちゃんと。

千本木彩花さんとはカバネリの舞台挨拶と「内田真礼が絶賛!」みたいなタイトルのインタビュー記事に始まり、甲鉄城の宴やつい先日の舞台挨拶でも随分距離を縮めて仲良くなっているのが見て取れた。後は、まんがタイムきららフェスタ終演後におざなりの2人と一緒にタクシーで話したエピソードも良かった。

本当に何気ないことなんだけど、同じ事務所の後輩というハードルで言えば低いものではあっても、シャッターを開き前に進む姿を見ていて胸が熱くなった。

そもそも、少なくとも今の内田真礼ははっきり言って人に好かれるタイプの人間だということを、僕は知っている。

弟の内田雄馬が同業の声優に愛されているエピソードやスタッフにも好かれている様子を聴いていてもこの慕われる根本は内田真礼と一緒で、素直で優しいところに起因していると僕は感じている。

だからこそ、あとは自分次第なのだ。彼女が自分で作った壁さえ壊せれば外には温かい世界がきっと広がっている。

そして何よりも真礼さん自身がそれを望んでいる。ずっと、人と仲良くなりたい、その為に頑張って話しかけられるようになりたい、果てはパリピになる!と迷走している始末だ(微笑ましい。)

人付き合いになるとここまで不器用になるかってほどで、こういう姿を見ているとき内田真礼さんは1人のか弱い女の子なんだと感じる。

ラジオでふて腐りながら「やっぱりダメだ〜私には無理だ〜」や仲良い声優にすら話しかけようとしたけど話しかけられなかった、、、と落ち込んでいるのを聴くと本当に悲しい気持ちになるし胸が痛くなる。

彼女が一歩進み出すために僕が出来ることはあまりに少なく、その背中を押す力が至らないことが苦しい。

だから、彼女が前に進み始めたこの2016年は大きな意味のある年になった。

真礼さんが中二病ラインを動かして中二病会をしたり、野球を通して色んな人達と仲良くなれたりすること、ラジオで嬉しそうにその話をするのを聴けるのが僕には何より嬉しかった。

 

僕は野球にはカケラも興味がなかったし真礼さんが野球について楽しく話すことに、見て感じるものが違うことを感じてしまい、キツいと感じてしまうことがある。それでも、真礼さんが野球を通じて松嵜麗さんを始めとして色んな人達と仲良くなっているのを見て、本当に野球には全霊の感謝を覚えたし僕も少し野球が好きになれた。

友達が増えたという、彼女の夢に前進出来たことに幸せを感じ、この先の未来への期待が膨らむそんな2016年だった。

 

詰まるところ、僕は真礼さんの笑顔が好きなんだ。
真礼さんには、笑っていて欲しい。それが僕の唯一の望みであり僕の意見だ。

真礼さんの笑顔を少しでも増やすことが出来るなら僕も少しは自分に価値を与えられる。

これが僕の答えだ。初めて会った日から変わらないしこれからも変わることのない僕の芯だ。

僕のHappyをSearchしつづける旅は、即ち内田真礼さんのHappyをSearchすることに他ならなかった。

 

2017年も真礼さんの笑顔を追い求めて、SmilingのSpiralに包まれた年になれるといいな。

いや、絶対にそうなるんだ。

 

 

絵空事

音楽は人の人生を記録する作用みたいなものがあると感じることがある。青春時代のヒットソングは聴けばその時代に帰ることが出来る。好きな人が好きだった曲を聴くと、その人やその人への感情が蘇る。

脳みその眠っている記憶を呼び出すきっかけに音楽がなり得るというだけのつまらない話かもしれない。

でも、僕が今日した経験はこんな戯言を言わせしめるものだった。

今日はANIMAX MUSIX2016に参加した。

まず何が楽しかったか、自分の人生に寄り添ってきた曲が数年の時を経てライブとして立体的な体験になったことが良かった。

金色のガッシュベル』は小学校の頃揃えた唯一の漫画だったしアニメの主題歌「カサブタ」は言うまでもなく僕の親しみのある最古のアニソンと言っても殆ど過言じゃない。

ギルティクラウン』は高校生の時、僕の愛するsupercellがキャラクターデザインと歌を担当するということで初めて深夜にテレビを付けてアニメを見るというところまで引き込んだ僕とアニメの関係性において切っても切り離せない作品だ。

両者ともに思い入れがかなりある曲で、それでも、もう過去となったものだった。それが突然『今』として現れたんだ。沸騰するような感覚とともに最高になった。

 

そして、

状態としては最高潮の状態でスクリーンに流されたのは、「さんかれあ」だった。

 

一瞬で「さんかれあ」だ。と思った。内田真礼さんだ。と感じた。

ここで正常な思考が出来たならそこで生まれる迷いはOP?ED?どっちだ?とかだっただろう

でも次の瞬間には僕はアニメーションの中に入り込んだような感覚に陥っていた。

ここはどこだ?となった。れあちゃんが喋っている。内田真礼さんの声で。僕の知らない内田真礼さん。

本物の内田真礼さんがステージの上に椅子に座って歌い始めた。僕は手に持っているものを全て捨てて、感覚は目と耳だけに集中した。

ずっと真礼さんの表情を見ていた。真礼さんの目を見ていた。真礼さんに見えているもの、真礼さんが感じて、表現しているものを消化するでもなくただ目と耳で受け止めていた。

 

僕はさんかれあ文脈の内田真礼さんを知らない。アニメを見ていさえしていても、2012年の真礼さんについてあまりに知らない。出会っていないから。

だから、「さんかれあ」はアニメとしては十全に生きていても「さんかれあ」文脈の真礼さんは僕の中で死んでいる(ここではさんかれあが今の内田真礼さんに繋がっているから今も生き続けているとかそういう議論をするような設定ではなく)「さんかれあ」に限らず、僕が真礼さんと出会う前の全ての作品文脈においても同じことなんだけど。

とにかく、さんかれあには記憶や思い出はなかった。でも、今日感じたんだ。真礼さんの記憶や思い出を。その目と表情には過去が見えて、その歌には今を感じた。今日の経験を無理矢理言葉にするときっとこういうことになる。

内田真礼さんが「さんかれあ」と過ごした時間、感情を、その断片を味わった気になった。

そして、アニメ「さんかれあ」に今も魂が込められている2012年の内田真礼さんと今アニマックスのステージに立っている内田真礼さんが線で繋がった、そういったドラマを確かに見た。

 

僕の思い出が、マイナスから0になって、そしてプラスになったそんな1日だった。

という絵空事。

 

オタクに幸せな妄想をさせてくれるANIMAX MUSIX2016、本当にありがとう。

また1人、内田真礼さんを好きになったよ。

 

甲鉄城のカバネリスペシャルイベント「甲鉄城の宴」

甲鉄城のカバネリスペシャルイベント「甲鉄城の宴」が良かった。

イベント直後の語彙のない状態だけど何を感じられたのか文字に起こしたい。

昼の部夜の部の2部制だったのだが、夜の部が特に良かったと感じたので主に夜の部について書こうと思う。

オープニング

始めにマックスウェル氏の軽快な前説があり、

EGOISTによるOP歌唱

 かなり特殊な曲だけどオープニングとして映像と一緒くたに毎週刷り込まれてるわけで聴くとすぐカバネリの世界に入れる。イベントのオープニングとしても最高の導入だと思う。

また、僕が初めてテレビをつけてアニメを見始めたきっかけとなるのがsupercellというアーティストでありそこから「ギルティクラウン」を見たという設定があって、そのときは勿論アニメに対して、ただ見るだけの1面的(別に全然制限された体験というわけではない)な経験しかしてなかったのでそこで生まれたEGOISTにここで再び出会えたこと、もっというなら荒木監督や大河内さんのアニメというのが相当大きいんだけど、ある種運命的なような、伏線を回収するような感情があった。やっぱり初めてのものはかなり強い影響を残しているというかそこから今の道に繋がってきているんじゃないかと思ったりもする。

脱線した。

アニメオタクじゃなく声優のオタクとして文章を書きます。

 

まず最初の登場がかっこよかった。幕が降りて後からライトガンガンに当てた状態で全員ポージングして登場。この演出は今のまで見てきた作品イベントの中でも屈指の鳥肌演出だった。

各々一言ずつ挨拶。ここで良かったのはカバネリツアーズの2人組の挨拶。

「このー木何の木?」「千本木ーーーーー!」

これ言えたのめちゃくちゃテンション上がらない?いや上がるでしょ。やっぱ千本木ちゃんだな。

まあ如何せん次が真礼さんで「このノリで私!?」と困惑してたけど案の定乗っからず、やや照れながら菖蒲してた

 

最初のコーナーは「甲鉄城のタズネリ」

キャストからの作品に沿った質問にキャストや監督が答えるというもの。

真礼さんの質問「打ち上げで貰ったお米の使い道に困っています、何か一緒に食べるいいおかずはありますか?」まあうん。でも千本木ちゃんと一緒にお米当てたってのがなんか良かったよね。

あと「畠中の扱い方がわかりません、教えて下さい」今思えばどっちもここら辺は千本木ちゃんとの絡みで良さがあったな。この時の畠中、両手に花で弄られてて最高に羨ましかった、でも最後まで通して改めて考えてみるとホントいいいじられキャラとして周りの良さ引き出してて畠中良かった、

そんな畠中は役者としてのひたむきさは折り紙つきで間のメッセージや各所からも何度もベタ褒めされていた。実際生駒には何度も胸を熱くさせられたし畠中は凄いと思う。愛されてるんだなあと。

もう一つの質問「甲鉄城にも終点はあると思うのですがどこに向かうのですか?」

かなり核心をついた質問だしよく採用されたなと感じた、結局最後の状態としてはふわっとているのは事実なので勿論誰しも気になるところではあるけど2期の構想を聞くようなストレートな質問。対する監督の答えは、「まだ僕達は生駒達と同じところにたっていて模索してる最中」だと。でも無名は人間に戻して米を食わさないといけないし、まだまだやることは盛り沢山ということなので全然2期の希望はある感触。ここから先は売上次第ってところですね。

他のキャストからの特筆すべき質問として、好きな場面として、「七夕で来栖が何と書いたのか気になる。」、好きな男性キャラクターについては、「菖蒲は恋とかそういう年頃じゃないけど、私は来栖が好き」と、このイベントでは生駒無名よりダントツで菖蒲来栖カップリングが持ち上げられていたし、実際観客の反応も上々だったのでなるほど需要があるんだなあとなった。その照れ笑いを僕は何も考えずに受け取った。

 

次に貴様、人かカバネかゲーム

所謂人狼

声優人狼、初めての経験で良かった。人間性がかなり出るゲームで、キャスト皆の個性が存分に発揮されていた。観客も誰が人狼かわからない状態でやるのだがまんまと伊瀬さんには騙された。というかゲームとしては大体伊瀬さんと増田氏のツーマンプレイになってた。口が回る回る。

伊瀬さんは高まったときの反応が金朋っぽいんだけど声と容姿が可愛いとこうまで違うのか、、となった。あと二の腕が素晴らしかった。

真礼さんはかなりわかりやすくてバレバレなのは笑顔になった。責める側だと凄い楽しそうなのに責められると途端に弱いまややんだった。

何やっても信じて貰えない畠中と器用そうだけど不器用な千本木ちゃんも良かった。

 

そして朗読劇。

朗読劇というか半分舞台になってて生駒や来栖、吉備土、無名が殺陣もどきなことやってて、斬新〜って言った。

菖蒲様とのコール&レスポンスで「六根清浄!」は盛り上がった。

 朗読劇としては、カバネリを演じる熱さというものを生で体感したという感想で、ついさっきまでのトークコーナーとはガラッと変わって、菖蒲様含めて逞しい演技になっていた。生駒や他の演技を見て聞いてても感じるけどやっぱりこれだけの熱量で演じられたらお互い高めあって生まれる空気感臨場感がある、そういった体験をした。

僕は芝居について詳しい訳では無いけど、甲鉄城のカバネリは真礼さんにどんな影響を与えたのか少し素人目線で考えてみたい。

今回のイベントで感じたことの一つに、真礼さんが先輩をやってる、ということ。畠中と千本木ちゃんに対して、イベント中にちょこちょこ声を掛けたりしていたことくらいから勝手に感じてるだけなんだけど、真礼さんが主体的に(かつ無理をせずに)行動を起こしているというのが、もしかしたらこれから先だんだん増えていくのかななどと思った。勿論カバネリの現場の空気感が特別良かったというのはあるけど。

今回真礼さんが演じた菖蒲は甲鉄城の城主という立場で、甲鉄城を背負って立つということで、それは甲鉄城のメンバーを引っ張っていく責任感を持った役だった。主人公2人に次いで言ってみれば3人目の主人公のような立場でもあった。シリアスな作品で、こんな大役で責任のある役を演じるのは大変なことだろうし、またそれは与えられるばかりでなく与える立場の役者性を求められていたのではないだろうか。まだまだ全然声優では若手の部類だけど、イベントも含めてだんだん背中で語るように、とまではいかなくても真礼さんが少しでも自分の目指す方向に前進していることを感じられるようになりたいと思う。現状それを感じ取れているかは難しいところだけどとりあえず菖蒲様というキャラクターは僕の好きなキャラクターの1人になった。

 

最後の挨拶。

キャスト全員がこの作品に対する愛を熱く語っていた。特に印象に残っているのが、僕の愛するこの作品が皆さんにも愛されることが本当に嬉しいということ。

真礼さんの挨拶。

「今日という1日を、このイベントを一言で表すと、本当に、“幸せ”。この作品に携わることが出来て本当に良かった。またこの幸せを更新出来たら嬉しい。」

気持ちが昂って、言葉が上手く口に出ないことがあった。2、3度繰り返して、周りに助けられて、ようやく言葉が出るような具合。

頭の中がいっぱいになって、感情が前のめりになって、舌が回らない。そういうところだと“僕は”感じた。

今更ここで言い訳みたいな、免罪符のようなことを言い始めるのもみっともないのだが、僕は、勿論神様じゃなければ他人の気持ちを完全に理解出来るような存在ではないし僕の言ってることがそれが正しいか正しくないかとかそういう議論をする気はない。つまり何を言いたいかというと、僕が、自分が感じたことが全てで、それが一番大事だということだ。どんなドラマだってそれは演者を見る人の中にあるもので、或いはそれは世間一般において説得力を持つ場合もあるかもしれない、けど結局のころ根底にあるのはそうだと信じられる(ともすれば騙せる)自分なんだってこと。

今回において何が言いたいのかっていうとそれは真礼さんが幸せだということ、今日が幸せだったということだ。

比べるのはとても無粋だがこのイベントでは彼女は笑う場面が多かった。

苦笑いする場面、

畠中がその変態性を見せてるのを見てるときの表情、千本木ちゃんとお揃いで同じ表情をしていたのが良かった。同じといっても千本木ちゃんは普通にただ嫌そうな顔をするけど真礼さんはどこかに笑いの要素があって、優しさが滲んでいるのを凄く感じてそういうところが好き

照れ笑いする場面、

増田がひっきりなしに重たい菖蒲様への愛を表現してるとき、しつこい程に繰り返していたこれも、ずっと満更ではない表情でいた。ここに関して、僕の中の割り切れない感情もあったけどそんな醜いところはどうでもよくて、

「、、、、、でも内田は来栖が好き。」は良かった。あれは本当の好きだったと思うから。

そんな来栖も、今日で僕はなんやかんや好きになってた。

あと真礼さんが「愛が重たい」っていうのなかなかおまいう、というところが

 

Sっ気を発揮する場面、

菖蒲様が来栖を尻に敷いたり畠中をイジったり、中々いつもは見られないような側面を見れた。こういうときの真礼さんは声のトーンが1つ上がって小芝居風になる。まあ言ってみればわざとらしくなる。そこは茶目っ気があって言うも更なり。

失敗したとき、ドジッたとき

今回はいわゆる人狼ゲームをしたんだけどそんな頭脳ゲームに挑んだ真礼さん、言うまでもなくボロが出まくり、周りのキャストにバレバレの状態だった。そこを突っ込まれたときの照れながらごまかしたりするときの隙しかないような表情、控えめにいって好きしかない。

あとはドジッたときのとっさにでるあざとい仕草、これは本当には万物を粉砕する破壊力がある。本当に自然に出てくるもんだから天賦の才だと思う。

勢いで笑顔をカテゴライズするような無意味な真似をいたけど結局、楽しい、幸せだ、そういった感情が溢れてくる笑顔が、僕が真礼さんの一番好きなところで、詰まるところイベントには半ばこの笑顔に会いに行っている。 

このイベントは、そんな笑顔でいっぱいだった。

最後の挨拶での笑顔には、勿論この作品の一区切りという寂しさや切なさ、他にも色んな感情が込もっていたけど何より幸せが詰まってた。

この1年365日で、いや一生で、真礼さんとこれほどまでの絶対量の幸福を共有出来ることが何度あるだろう。

勿論僕自身このイベントが楽しくて幸せだったけど、真礼さんから溢れてくる幸福を貰って、また一緒にこの瞬間のこの空間に生まれた幸福を共有出来て、思い出を更新できたことが嬉しい。嬉しいの最上級。幸せを表す語彙力が足りないな。良かった。

ありがとう甲鉄城のカバネリ