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Happyをsearchしてる

ボキャブラリィがない

僕と内田真礼と2016年


内田真礼さん27歳の誕生日おめでとうございます。

 

  年の終わりを感じながら、幸せな思い出の詰まった年を想いながら、12月27日は来る。

27歳の誕生日の今日も想うのは26歳の内田真礼さんのことだった。

 

でも今日までにしよう。

僕が26歳の内田真礼さんと過ごしてきた2016年の感情をここにそっと封をしよう。

 

明日からは27歳の内田真礼さんに向き合う為に。

 

 

2016年は旅立ちの1年だった。

2014年に内田真礼さんに出会い、

2015年に地に足を着けて、

2016年にはようやく見えてきた道を走り出した。そんな年だった。

 

本当に幸せがいっぱいの1年だった。

一体何から話せばいいだろうか。

 

思えば2016年初めて目にした真礼さんが今年一番の大事件だったかもしれない。

僕の好きな声優は、髪をバッサリ切りボブヘアになっていた。

僕の好きな声優は、ボブヘアになっていたのだ。

内田真礼からボブまあやになったのだ

からっぽカプセルのリリースイベントで、内田真礼さんが「ロングヘアかショートヘアどっちが好き?」みたいなアンケートを会場にとるコーナーがあった。

ロングヘアの真礼さんを前にして踏絵をするかのようなこの質問に対して僕はショートヘアを選び天高く手を突き上げた。

そんな伏線が回収されたのを感じた瞬間だった

ではなく。

 

敢えて言うと内田真礼さんは僕の理想の女性像とは全くかけ離れていた。

内田真礼さんの姿を目にする機会はおそらく2012年あたりからあった。しかし特別気になるような存在ではなかったし特別可愛いとさえ感じていなかった。

真礼さんを初めて生で見て、真礼さんの声を聴いてそこで感じるものがあり今に至っていた。つまり僕の内田真礼さんへの気持ちの源泉としてビジュアルのウェイトは大きなものではなかったように思う。

しかし2016年初めて僕の瞳に映った内田真礼さんは紛れもなく僕の理想の女性だった。

オーバーな表現だったな。人並みな表現で言うと、世界で一番可愛かった。僕の世界で。

ボブヘアがめちゃくちゃ似合っているし本来あるべき姿をようやく目にしたという気がした。

雷に打たれたような衝撃をおそらくあの武道館の中で1人受けていた。

そして、次にはこれは僕のための存在なんだと思い始めた。

なら僕はボブまあやの一番になろう、ならなければいけない。誰よりもボブまあやを好きで、誰よりもボブまあやを目に焼き付ける人になろう。そういう想いが湧いてきた。

この日のステージは最高で、2016年は「Hello,1st contact!」から始まった。

 

そして蓋を開けてみれば2016年は「Hello,future contact!」で終わるのだから全く出来すぎている話だ。

 

 

 

 

 

内田真礼1stライブの前に一つ消化しておかなければ先に進めない話題がある。

おそらく自分の内田真礼さんのファンとしての姿勢について1番考えて、そして答えの方向性を見つけたのがこのときだった。

きっかけはラジオの発言だった。

文脈や話している雰囲気を取り除いてワードを抽出すると毒気の強い文章になるが、「PENKIは過去」という発言が一部で物議を醸していた。

これは根が深い話でもあるので丁寧に整理していきたいのだがまず僕はこの発言には何ら不快感や不安を感じることはなかった。

この時期の内田真礼さんの傾向として自らを断捨離声優として古きを捨て新しきをどんどん追い求めていく姿勢があったのは確かで、その文脈にこの発言を組み合わせた結果見えてくるものとして内田真礼さんの視界には現在ひいては未来しかない、過去が軽視されている、ということになる。

 

僕は2014年に内田真礼さんのファンになった。忘れもしないこの年に行ったバースデーイベントは幸せに満ちたものであり、同時にファンとして自分の立っている場所があまりに低いことを思い知らされた。

声優というものに初めて触れて、凡そ全てのことが新鮮で右も左も分からないような状態に焦燥感を覚えた。

足りなすぎる。何もかもが。

遅すぎた。悔しかった。

彼女と僕の間にあった「過去」という埋めようがない空白が。

音源を全て手に入れよう。

彼女の演技を全てこの目に収めよう。

過去の彼女を少しでも感じたいから雑誌や文献を集めよう。

ラジオを聴こう。

まだ足りなかった。

 

そこで僕は内田真礼さんを応援し続けてきた人達から何か学べないかと考えた。

もし過去の真礼さんが生きているとしたらきっとそれは本人よりもそのときの真礼さんを応援してきたファンの中だと思ったからだ。

それからずっと彼らから学ぶ毎日だった。声優を応援することに関して本当に学べることだらけだったし、自分の価値観と衝突するようなことも多く、思考を巡らせて消化不良を起こしかけたりしながらも新しい視野が開けることもあった。

そしていつも最後に思うことは年月の重みだ。当たり前だが惰性なんかで出来るものではないのだ。ひたすらに肺を焼きながら走り続けているのは時に恐怖さえ感じるほどだった。

リストにはいつの間にか沢山の真摯に考える人たちがいた。その全員に敬意を感じていた。

 

そんな折だった。件の発言は。

僕の学びの場には口を揃えて大きく怒りや憤りの感情の火が撒き散らされていた。

戸惑いもあった、周りのマジョリティが自分と正反対の意見を言っているからではないことは言うまでもない。“彼ら”が言うからだ。

何度も反芻した。僕の積み上げた文脈ではまだ読解に足りないものがあるのか模索した。

だが結局それ以前の小さなところで僕の一線を超えることになった。理性でなく感情だ。

僕の好きな声優を魔女狩りのようによってたかって虐げる様子を見るに耐えなかったし、何より僕の信じる「「内田真礼を信じる」真摯なファン」を自ら裏切る光景が本当に地獄だった。

僕が大きく感情を動かされたのが声優によってではなくオタクによって、というのも声優オタク失敗だな、と思う

盲目的だと言われようと全肯定だと言われようと構わない、俺だけは内田真礼の味方でいる

そう強く決意した。

蓋を開けてみれば歪んだ愛情表現だったりするし結果的なアプローチで言うと僕は足元にも及ばないことになるのだが。

それでもあの空気感だけは偽りなくおかしなものだったと僕は思う。

 

 余談が過ぎてしまった。

 

 そして最高の一日は来た。

内田真礼ファーストライブ「Hello,1st contact!」

内田真礼1stLIVE 「Hello,1st contact!」 - Happyをsearchしてる

一年近くたった今もあの日の幸せの熱が残っている。奇跡のような1日で、あの空間を過ごせたことが、内田真礼さんと同じ幸福を共有出来たことを一生誇っていける。この日のために僕の人生はあった。

 

少なからずこの1日の影響があり、今年は「声優に会いに遠征をする」という一線を超えた初めての年になった。
「声優に行くために同じ円盤を複数枚買う」一線を超えたときと同じ人の道を踏み落とす感覚があった。まあ逆に言うと一般常識的な感覚によって今までその発想がなく、またはそれはおかしいと感じていた訳だからそんな枷は早めに外しておくに限るなと今となっては思う。
何が良かったってMaaya Partyが良かった。遠征して何百kmも移動してきた場所で会う好きな声優との距離感が近いのが良かった。
遠いところまで来たのに我が家に帰ってきたような感覚で、“遠征”なんて大仰な名前は違うな、
これに相応しい名前をつけるとしたら“帰省”だと思った。
生まれてからずっと関東で生きてきた僕に初めて故郷が出来た瞬間だった。

 

 

2016年は声優としての活動は全盛期に比べるとやや落ち着いていたが僕にとっては声優内田真礼としてのキャリアを振り返るような1年でもあった。

ノラガミガッチャマンクラウズごちうさアイドルマスターシンデレラガールズのイベントがあり、他にも中二病再集結やあいまいみーさんかれあGJ部の歌唱まであった。

過去と現在、点と点が線で結ばれる奇跡には、真礼さんが歩んできた軌跡が見えた。

それは作品文脈、キャラクター文脈が現在に現界している光景であり、見て感じる世界がその文脈に呑まれる体験だった。

言ってみればこれこそ声優イベント、アニメイベントの醍醐味なのかもしれない。

きっとその軌跡に寄り添ってきた時間だけそこに見える景色がより明瞭になる。その軌跡に刻まれた感情が、その景色を彩るのだろう。

 

 

イベントありきみたいに話をしてしまい過ぎた。良くない。

今年の真礼さんの良かったことについて。

ミリオンアーサーradioが良かった。アイムの後輩鈴木ありさちゃんを前に見せる姿が本当にたまらなく好き。優しさに溢れていてそれでいて後輩にも突っ込まれるようなマイペースな部分もあって、永遠に聴いていられる空気感が出来ている。

甲鉄城のカバネリでは千本木ちゃんと。

千本木彩花さんとはカバネリの舞台挨拶と「内田真礼が絶賛!」みたいなタイトルのインタビュー記事に始まり、甲鉄城の宴やつい先日の舞台挨拶でも随分距離を縮めて仲良くなっているのが見て取れた。後は、まんがタイムきららフェスタ終演後におざなりの2人と一緒にタクシーで話したエピソードも良かった。

本当に何気ないことなんだけど、同じ事務所の後輩というハードルで言えば低いものではあっても、シャッターを開き前に進む姿を見ていて胸が熱くなった。

そもそも、少なくとも今の内田真礼ははっきり言って人に好かれるタイプの人間だということを、僕は知っている。

弟の内田雄馬が同業の声優に愛されているエピソードやスタッフにも好かれている様子を聴いていてもこの慕われる根本は内田真礼と一緒で、素直で優しいところに起因していると僕は感じている。

だからこそ、あとは自分次第なのだ。彼女が自分で作った壁さえ壊せれば外には温かい世界がきっと広がっている。

そして何よりも真礼さん自身がそれを望んでいる。ずっと、人と仲良くなりたい、その為に頑張って話しかけられるようになりたい、果てはパリピになる!と迷走している始末だ(微笑ましい。)

人付き合いになるとここまで不器用になるかってほどで、こういう姿を見ているとき内田真礼さんは1人のか弱い女の子なんだと感じる。

ラジオでふて腐りながら「やっぱりダメだ〜私には無理だ〜」や仲良い声優にすら話しかけようとしたけど話しかけられなかった、、、と落ち込んでいるのを聴くと本当に悲しい気持ちになるし胸が痛くなる。

彼女が一歩進み出すために僕が出来ることはあまりに少なく、その背中を押す力が至らないことが苦しい。

だから、彼女が前に進み始めたこの2016年は大きな意味のある年になった。

真礼さんが中二病ラインを動かして中二病会をしたり、野球を通して色んな人達と仲良くなれたりすること、ラジオで嬉しそうにその話をするのを聴けるのが僕には何より嬉しかった。

 

僕は野球にはカケラも興味がなかったし真礼さんが野球について楽しく話すことに、見て感じるものが違うことを感じてしまい、キツいと感じてしまうことがある。それでも、真礼さんが野球を通じて松嵜麗さんを始めとして色んな人達と仲良くなっているのを見て、本当に野球には全霊の感謝を覚えたし僕も少し野球が好きになれた。

友達が増えたという、彼女の夢に前進出来たことに幸せを感じ、この先の未来への期待が膨らむそんな2016年だった。

 

詰まるところ、僕は真礼さんの笑顔が好きなんだ。
真礼さんには、笑っていて欲しい。それが僕の唯一の望みであり僕の意見だ。

真礼さんの笑顔を少しでも増やすことが出来るなら僕も少しは自分に価値を与えられる。

これが僕の答えだ。初めて会った日から変わらないしこれからも変わることのない僕の芯だ。

僕のHappyをSearchしつづける旅は、即ち内田真礼さんのHappyをSearchすることに他ならなかった。

 

2017年も真礼さんの笑顔を追い求めて、SmilingのSpiralに包まれた年になれるといいな。

いや、絶対にそうなるんだ。